ダイヤプラス 少女のロマンス

好きな人から告白されたい。
叶うのならば、ドラマや漫画のように。そう、ロマンチックに。
あの芸能人と奇跡的な出会いをして。いつも教室の片隅で文庫本を読んでいる彼に呼び出されて。対象はそれぞれにしろ、誰もが一度は考えたことがあるはずだ。
かくいう私も、当然のようにその一人で。
想いを寄せる相手は、わりと近しい存在だった。ただ、どちらかといえばその立ち位置はクラスメイトよりもアイドルに近い。
夏に甲子園出場を果たしたチームの主将兼正捕手。実力、知名度ともに折り紙付き。先日のドラフト会議でも早々に名前が挙がっていた。
我が校二年ぶりの上位指名に、校内は大盛り上がり。そんな中、当の本人だけがやたらとバツの悪そうな顔でカメラのフラッシュを浴びていたっけ。グラウンドの真ん中で、華やかに歓声を上げて跳ね回る後輩と、どこか他人事のような、それでいて照れ臭そうな横顔を鮮明に覚えている。
隣のクラス。移動教室の時、ガラスを透かして見える眠そうな目、日の光を受ける茶髪、インテリを思わせる黒縁。
視線を奪われ続けて二年と半年。こじらせてしまった思いは、どこにも行き場がない。

なんて。
高校時代の私が今の私を知ったら、どう思うんだろうか。
「あんまりジロジロ見ないでよ……」
身体を洗っている時は、格好も表情も間抜けだろうから、いくら付き合い始めて長いと言えど、注視されては落ち着かない。
「ぼやけて見えねえよ」
眉根を寄せ、鋭い目つきでこちらを睨む男。
「試合の時みたいな顔してるから、普通に怖いんだけど」
「無理やりピント合わせようとすると、どうしても人相悪くなるんだって」
「……無理やり見てるじゃん」

拝啓、あの時の私。
数年後、一人暮らしを始めたあなたの家の、大して広くもない湯船に、初恋の人がいます。

入れ替わりでシャワーを使う彼をぼんやり眺めながら、心の中で電報を打つ。
アンダーの境目がはっきりわかる日焼けあと。筋肉質な腕がわしゃわしゃとシャンプーを泡立てている。
薬局にしてはちょっとお高めかな、程度のやつ。期間限定のサクラソウの香りに惹かれ、つい購入してしまった。
女性がターゲットの商品だから、湿った空間にフローラルな匂いが充満している。
「あれ、太腿アザできてるね。痛そう」
「マジか、気づかなかった」
「痛いのに慣れるって、しんどくない?」
「いいんだよ、受け止めてやれない方がしんどいから」
洗い流した髪をかき上げ、オールバックにすると顔の端正さが際立つ。私は顎ギリギリまで湯に浸かり、頰の赤さをのぼせた体で誤魔化した。
「スペースある?」
「え! いけるかなあ……」
「寄って、寄って」
ざぶんと彼が入った瞬間、浴槽内のお湯の体積がとんでもない速度で減る。背中を預ける形で、ぴったりくっついているから、上がる時に苦労しそうだ。
「……やっぱちょっと無理あったな」
「そりゃそうでしょ、見るたびデカくなってるし」
「お、どーも。ウェイトの成果で出てんじゃん」
私の肩に顎を乗せ、息を吐き出す。
「ここ、ベスポジ」
「重い、熱い、くすぐったい」
「嫌いじゃないくせに」
表情は見えないけど、背後の男がニヤニヤしているのが分かった。

私の視線を奪い続けるこの男。
お付き合いが始まったきっかけは玉砕覚悟で突撃した私からの告白だった。引く手数多であろう彼が、こんなアパートに足を運ぶ理由に年々自信を失っている。
それでも、あの日、言葉尻の震えた情けない私へ「漫画みてえ」って笑ったから。
「マジであるんだな、こういうこと」なんて、そんな台詞こぼされたら、ロマンスに期待していたのは私だけじゃないかも、とか。
なけなしの期待に絆されてしまうわけで。
そんなこんなで来月には、私も「御幸」になるわけで。