時は大晦日、午後九時。手元には鴨南蛮、目線は公共放送の歌番組、腰から下は実家から持ってきたこたつに埋まるという最強の布陣。しかし、体と裏腹に心は冷え冷えしている。なぜならば、結婚して初めての年越しだというのに一人きりだから。
画面の向こうで、整った顔立ちに半端な笑みを浮かべる夫を見て、私はずずずっと音を立てながら蕎麦をすすった。
プロ野球でチームの正捕手として活躍する夫は、今年リーグ優勝の立役者となった。一番になったら籍を入れよう、と数年前に交わした言葉通り、オフシーズン突入と同時に結婚を発表。私ですら、一時は携帯の電源を常に落とさなければノイローゼになりそうだった。それは彼も同様、いやそれ以上のはずで。立場上スポンサーとのやりとりも当然あり、ビジネスからプライベートまで追われた心労は計り知れない。それでも、約束を守ってくれたことは素直に嬉しくて幸せだった。
だから、この生活に文句は言いたくないし、できれば我慢したい。それが私なりの誠意だ。でも、やっぱり今日くらいは一緒にいたかった!
遠征、試合、合宿、練習、撮影、取材。なにかと多忙な夫は結婚して同居を始めるまで会うことすらままならなった。一週間に数回の電話やメールが逢瀬の全てだ。
近すぎて、贅沢になっちゃったのかな。
改めてテレビに目をやると、華奢なアイドルの女の子達が観客席に手拍子を催促していた。軽快な音楽に気分がついていかず、自分の心の狭さに凹む。
……早く帰ってこい、バカずや。
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「――妻がよく聞いているので、耳馴染みがあります」
話を振られるたび、大体の質問に嫁を絡めて返す。プロ野球選手として俺を認識している一定層には、もしかすると新婚自慢だとか惚気とか、そういった解釈で届くかもしれない。けれど、今頃高校時代のチームメイトはニヤニヤしているはずだ。おそらく、ただ単に、俺が音楽に疎いだけだとバレている。
事前に配られた台本によって、それぞれの曲に誰がコメントするのか決められていたが、これといって最近の曲に思い入れがない、そんな中で、唯一の切り口といえば「妻」だけだ。
相手が長年交際していた一般人ということもあり、女子アナとの電撃結婚などと比較すれば、わりと好意的な目で見てもらえていると思う。正直恥ずかしいが仕方ない。万人受けトークは不得意だ。
こういう時、鳴ならあることないこと喋りまくってるんだろうなと肩を落とす。マジで代わって欲しい。しかし、鳴は野球界のプリンスとして昨年度に登壇している。同じ業界からゲストが二年連続というのはさすがに難しいだろう。
早く帰ってアイツの顔が見たい。新婚の年越しがバラバラなんて笑えねえ。なんて考えていたら、司会の俳優から「御幸選手も奥様と過ごしたかったですよね」と振られて、思わず微妙な顔をしてしまった。
なんて返すのが正解なんだ。喋りを専門にしていない男にアドリブで話題をよこさないでくれって。そりゃあ、そうだよ。帰らせてくれんの。でもあからさまにそんなこと言えねえじゃん。
収録終わったらタクシーで直帰したい。地元の駅前に屋台出てるかもな。甘酒買って帰るか。テレビ前でバーカと溢しているアイツを想像したら、なんだか笑えてきた。分かった、それでいいよ。バカでもアホでいいからさ、しっぽりやろうぜ。毎年楽しみにしているらしい男性アイドルのカウントダウンは年が明けてから録画を見てよ。
ちゃんと「妻の好きなグループが所属してる」って白組に投票しとくから。