洗面器の中にはてらつく粘性の液体。手元には、それらをたっぷり浸透させた布地。ゆっくり持ち上げると、染み込んだ水分が重力に逆らわず下へ下へと滴っていく。同じく細い指同士を開けば、とろりと音が鳴らないのが不思議なくらいに、たっぷりと時間をかけて肌を滑る。
ふとした拍子に、補助照明が作ったオレンジ色の影が反射して、指股が艶めいた。状況さえ忘れられれば、その光景を「綺麗」と言えるかもしれない。そうだ、今のこの痴態さえ忘れられれば。
ローション、新品のストッキング、フローリングに直で座り込み、液体を弄ぶ数年の付き合いになる彼女。そして、下半身丸出しでベッドに腰掛ける俺。正直、寝室に鏡を置かなかった過去の自分に、心から感謝するくらいには情けない。
「ちょっと冷たいかも」
掬いとった液体を手のひらで温め、兆し始めた竿へ片手が触れる。確かにひやっとして、一瞬縮み上がるが、ゆるゆると上下に動かされれば、生理現象で硬さを持ちはじめるくらいには単純な部分だ。あえて先端には触れず、玉の周辺や根元をじっくりと擦られる。零れたローションがシーツにぽたぽたと染み込み、薄らと水痕を作った。
「やっぱりお湯と混ぜれば良かったかな……。でもそれだとせっかくのぬめりがなくなるし、んー、なんか勿体ない気がして。どう? 今からでも足す? 」
俺のを一定のリズムで摩りながら、空いている手で自分の顎をなぞり、顔を覗き込んでくる彼女の言葉に、唇を少し噛む。
どうって、そりゃイイよ。いい以外の感想ねえよ。
ただ、始まったばかりの段階で敗北宣言していいのかと答えに躊躇してしまう。いや、この体勢で負けてるもクソもねえけど、俺のなけなしのプライドの話。
「……ちょっと、無視ですか」
顔の側面にあった方の手を伸ばし、つつつっとカリと竿の境目を中指でなぞる。かけられた声に不満の色が混ざっているのが分かった。別にいいけど、とあまり良くなさそうな態度で、俺の下半身に視線を移し、裏筋のヒダを丁寧に往復する。
その後、思い出したように同箇所へ舌を這わせて、げ! と眉根を寄せた。なんとも色気のない悲鳴だけど、そりゃローションでベッタベタの部分に先走りが上滑って、俺なら死んでも口に入れたくない。納得だ。
無理すんな、という意味で頭を柔く撫でると、何を勘違いしたのか改めて裏筋に唇を寄せた。意を決して吸い付かれ、思わず腰が引ける。尿道の裏あたりまでそのままべっと出した舌先でちょんちょんと追われ、呼吸が詰まる。
普通に見た目がエロい。媚びてるみたいだから嫌、と上目遣いを嫌厭する彼女の上目を拝める貴重な時間だ。歯を立てないように口角から唾液が流れっぱなしになってるのも、男的にはアツい。つーか、口の色なんで取れねえの。前尋ねたら、タントだかテントだか、なんかそんなやつ。それの新製品が使えるとか言ってたな。
気持ち良いけど余裕が残るくらいには控えめな愛撫。ぼんやり甘んじていると張った境界をぷにぷに玩び、亀頭を再度ローションに浸した手のひらで包まれる。堪えられずにくぐもった吐息を吐き出す。
「ここまでアップだけど」
回すように撫であげながら、洗面器に浸ったままのストッキングを目で示す彼女。
御幸は選手だし、体で稼ぐ人だから、縛ったりとかそういうのしたくないんだよね。御幸のメンタルの強さは尊敬してるところあるし。だから今日も大丈夫だよね。
片手で布を持ち上げ、心底嬉しそうな声音で「等価交換って約束したもんね」と告げる笑顔が悔しいけど、そりゃもう可愛くて、きっと惚れた弱みってやつだ。顔立ちもあるけど、なんつーか、雰囲気とか声とか体つきとか言葉のタイミングとか性格とか全部ひっくるめたやつね。要するに逆らえねえってこと。
私そういう趣味はないから、お手洗い行っておいてね、と始まる前に言われた意味がようやく分かった。ひたひたのストッキングが先端に触れた瞬間、たったのそれだけで、あ、これやべえ、と察した。未知の予感に背中へ冷たいものが走る。せめてもと口を手で押さえ、口腔の頬の肉を奥歯で噛む。
やたらキラキラした目で緩んだ顔のまま、布を左に引っ張っる彼女。なかなかお目にかかれない、心の底から楽しいって表情。今その顔するの狡いよな。尿道口の周辺から生まれた刺激が、そのまま頭に快感として入ってきて、意識が飛ぶ。鼻から抜けたダサい声が自分のものだと気がつくのは数秒後だった。
どろどろで、ザラザラで、ヌルついてて、もうわっかんねえ。なんだ今の。
目の前で布の両端を持ったまま静止する彼女と目が合う。唾を飲み込み、ははっと思わず笑ってしまう。さすがにちょっと引きつったかも。
語尾にハートをつけた、えい、の声かけとともに動きが再開される。びくびくと勝手に腰が跳ね、口に寄せたてはほぼ意味がなく、濁点付きの「あ」がひっきりなしに漏れる。快感を逃すために背中を逸らすが意味はなく、だんだん先の感覚がなくなってきて、ひたすら気持ちよさだけを脳内に叩き込まれてる感じ。
マジ、何これ。玉の下あたりがすげえゾクゾクして、きゅうっと搾り取られるような。声止まんねえ。ぐらぐらと脳の隅が痺れている。
額から汗が滴り、床に垂れた。息子が好き勝手される様から目を背けたくても、瞼を閉じればその分の神経が下半身にいきそうで怖い。自分の荒い呼吸がダイレクトに股間に響く。しんどい。太ももを落ちたよだれが床まで滑っていく。目には入るけど、その情報を整理できるほどのキャパが頭にない。
つーか、イけねえ。え、何で。無理。
「ねねね、潮吹いてみたい? どうする? 」
一定の速さを保ちつつ問いかけられ、わずかな理性で首を横に振る。紅潮した頬にかかる髪を避けた彼女は、先走りとローションでぐしょぐしょのストッキングを軽く畳んで、片手に納め、竿を握り込んだ。さっきまで亀頭にあった刺激が尿道の裏にそのままあてがわれ、その快感がいつも感じているものと近いことに安心する。
それまで高められていたせいで、数回すかれただけで簡単に達してしまった俺は、額に張り付いた前髪を上げつつ、深くシーツに沈んだ。めちゃくちゃ出たし、めちゃくちゃ飛んだわ。そこまで溜まってなかったはずなんだけど。若さかな。まだ腹の奥がジクジクとして、得体のしれない何かが残っている気がする。
「特別サービス」
言葉と同時に粘膜に熱い何かが触れ、敏感な先端から流れてきた疼きに仰反る。
おいおい、いつもそんなのしてくれねえじゃん。うっかり口に出すと怒られるし。
おもむろに尿道口へ口付けられ、残った精をじゅっと吸われた俺は、言葉の通り急所を握られた敗北感と、圧倒的な気持ち良さはもちろん、目から入ってきた情報の衝撃に固まってしまった。ついでに言うと勃った。童貞臭えけど、童貞じゃないから許してほしい。
俺の考え事など知りもせず、ぺっと手の甲に吐き出して「やば、歯に毛挟まったかも」とぼやきつつも、俺の下の毛に指を絡めている様子がひたすらに卑猥。
鳴がお掃除フェラの良さは体験したやつしか分からねえとか何とか言ってたけど、確かに一理あるわ。これ、彼女にしてもらうのがいい。愛されてるって感じ。出した後しゃぶるとか自分じゃ考えられねえもんな。でもさ、俺もこんだけ自分の体好きにさせて、こんだけ情けねえところ見せてるって、そういうことじゃん。
こめかみの汗が目に入り、軽く擦った時にコンタクトがずれた気がして重い体を起こすと、新たにパッケージから出したストッキングをローションに浸す彼女と視線が交わった。
「これも特別サービス」
一回イった後がすごいんだって、と。本気で勘弁してくれ。