ダイヤプラス レンズの先

「御幸! 御幸先輩!」
やたらはしゃいだ声が響く。こいつはいつになったら年相応の落ち着きを持つのだと半ば呆れつつ振り向けば、わはは! 今日も引っかかりましたね! と豪快な笑いとともにスマフォの背面で捉えられた。
「ほらほら! 週刊沢村の時間ですよ! 気張っていきましょう!」
「なんで試合の後に気張んだよ……」
俺の至極真っ当な意見に、その場にいた数人の選手が口元を緩める。頼むから笑っていないで、一緒にこのバカを止めて欲しい。
沢村の度胸はプロとして数年マウンドに立ってきた今も衰えることはなく、むしろ年ごとに増しているような気さえする。それはサービス精神の方向でも猛威を震い、アイドルにも負けず劣らずの神対応投手としてすっかり有名人になってしまった。昨年度なんかは「おしおし王子」が流行語にノミネートされ、球界がどよめいたものだ。なんでだよ、少なくとも王子って柄じゃねえだろ。もっと他に言い回しなかったのか。
子どもから高齢層まで幅広く支持を得ている人気者からじりじり詰め寄られる俺へ、周囲はひたすら微笑むばかり。もしや、日の丸を背負った重圧に負けずクローザーを務め上げた成果に免じ、今日は放し飼いにするつもりなのだろうか。だから誰も助けてくれないのか。この後に行われるミーティング以降、ホテルに着くまで珍獣の世話を丸投げされる予感で腰が重い。何がしんどいって、これが予感ではなくほぼ確信であると分かっているからだ。
残り時間少ないですよ! と楽しげに急かしてくる当の本人は俺に芽生えた憂鬱など知る由もなく。仕方なくレンズに視線を向けて、気の利いたコメントを探してみる。
「……あー、その、なんだ」
やっぱり慣れねえって。苦手なんだよ、こういうの。
「えー、次回も気を引き締めて、チームに少しでも貢献できればと思っています。今日は応援ありがとうございました」
「俺もそう思います!」
自分だけ省略すんな。もうお前がやればいいじゃん、俺が撮るから。こういうの得意だろ。専売特許にしてくれよ。
つーか今気がついたけどなんだ、その保護カバーは。ツッコミ待ちか? 意地でもしねえからな。
「あ、せっかくなんで奥さんにも一言お願いしやす! 先輩、こういうコミュニケーションサボりがちですからね! ただでさえ家を開ける機会が多いんですから! まだ新婚なのに!」
「お前それ球団の公式で流すやつだろ!」
公開アカウントで嫁にメッセージなんて、そんな恥ずかしい真似できるか。できたとしてもやってたまるか。数少ない他球団の知人から「さわ君のツイッター見たよ」だの「沢村投手のインスタ出てたね、面白かった」だの、話のタネが尽きる度に報告される俺の身にもなれ。
「あ、終わりました」
撮影時間が尽きたらしく、ようやく目の前にあったカメラが下げられる。いい加減に観念しろ御幸一也! 草葉の陰で奥さんが泣いてますよ! と怒られるが、死んでねえから。次言ったらマジでしばらく無視するからな。
「……いいんだよ、自分で直接言いてえの。俺の言葉は一人にだけ伝わりゃ十分なの。その他大勢には聞こえなくていいの」
「ファンをその他大勢扱いするとはさすがイケ捕は言うことが違いますね! 刺されても知りませんよ」
「あのなあ、そういう意味じゃねえって。名前とかほら、出したくねえじゃん。一般人だぞ……これは俺の問題じゃなくて向こうの問題」
ため息まじりに答えると、沢村は何か考え込むような素振りを見せて大人しくなった。そろそろお役御免か。
「……前から思ってましたけど」
「んだよ」
「御幸先輩ってめちゃくちゃ束縛タイプですよね」
こんなことならプロレスの技をいくつか教えてもらうんだった、と旧友に想いを馳せる。秘孔とかでもいいよ。なるべく後に引かなくて、それでいて痛いやつ。涙目でさすってるけど、デコピンで済ませたのは捕手としての理性が働いた結果だからな。