御幸いねえじゃん。
隣の席で酒を煽っていた仲谷が唐突にそんな台詞を吐き出し、周囲を見回した。俺もつられて店内に視線を配り、図らずもその意見に裏付けをとってしまう。
南国で行っていたトレーニング中、交流のある他球団の選手とばったり遭遇した。打ち合わせもなく異国の地で出会うなんてこれも何かの縁だと、改めて夜に集まり、こうして酒を酌み交わしているというわけだ。十五人程度で前シーズンの結果やら、つまみにできる程度のスキャンダルやらをざっくばらんに語っていく。
そんな中、追加のワインを注文しようとした仲谷がふと一也の不在に気がついたのだ。
帰ったのかな、と話を振られて出発前の様子を思い返す。
「元々来るの渋ってたよ、時間がどうのって。無視して引っ張ってきたけどさあ」
「さすがの御幸もうちのエース様には勝てねえのな」
「まあね。そこまで酒強くねえから外で酔い覚ましでもしてんだろ。ほら、あそこ」
顎でウッドデッキの方向を指し示す。柵にもたれかかる一也の後ろ姿がガラス越しに確認できた。
仲谷はそれで満足したらしく、マジじゃんとヘラヘラ笑って会話へ戻る。俺も続こうかと思ったが、議題が特に交流のない選手の下事情だったため、何となく面倒臭くなり席を立った。自然と足先は先ほど視線をやった場所へ向かう。
顔を出して外気を浴びると、なるほど、確かに気分が良い。目の前には明度の低い藍色へと染まった海が広がっていた。不定期な波の音と、微かな潮の匂いが五感をくすぐる。そして、その中にぽつんと、店内からの光を背中に受けて風景を眺める一也の姿を見つけた。呼びかけようとして、ふと歩みを止める。
俺が向かってた方向とは逆側の顔横に、今時めずらしいガラケーがあてがわれていた。普段、散々バカにしているのに一向に機種を変えようとしない、紛れもなくプライベート用のものだ。一也の唇が動いていることから、誰かと話しているらしい。ゆっくりと近づき、耳をすましてみる。
「……うん、分かった。明日は日付変わる前に着けると思う」
胸がむず痒くなるような甘い声。グラウンドでは聞いたことのない色がそこに含まれていた。
「かーずーやー!」
胸やけでこっちの方が気恥ずかしくなりそうだったため、その火照りを振り払う目的も込めて後ろから大声で呼びかけると、漫画のようにびくりと震えた男は目を見開いて振り返った。
「……なんだ鳴か。何? あ、お開き?」
「違えよ! ぼっちのオマエを心配してわざわざ来てやったの」
電話口から女の声がする。すぐさま二言三言小声で返した一也が、パタンと携帯を折ってポケットへ滑り込ませた。そして、改めて俺の顔を見るなり盛大なため息を吐き出す。
「邪魔すんなって」
「こんなとこでサボってたせいじゃん! 誰と話してたわけ」
再度、深いため息。
「……嫁」
「はあ?」
「毎晩電話してんの。時差があるからかける時間決めて、十分だけな」
「……マジ?」
マウンドでしたたかな笑みを浮かべて走者を刺す一也からはあまり想像できない姿だ。たかが一週間ちょっとの遠征で、定時報告を義務付けちゃうくらい甘えただったの?
鳴のせいで短くなった、俺から頼んでんのに心象悪いじゃん、と不機嫌そうな女房役は俺を置き去りにして店内へと踵を返した。
……おい、ふざけんな! なんで俺が悪者みたいになってるわけ。
完全にプチンときて、近づきながら消音カメラで撮影した横顔がカメラロールにあるか辿っていく。あーあ、デレデレな面しちゃってさあ。