ダイヤプラス アンダー

アンダーシャツっていいよね。

きっかけは何気ない一言だった。
オフでも多少は体を動かさなければ鈍ると、軽めのランメニューとドリルをこなしたばかりの御幸が、そんなもんか、とでも言いたげに自分の顎をなぞる。そりゃあ、着慣れているかつ、見慣れている本人には分からないのかもしれないけれど、いたいけな女心を代弁して言わせて貰えばかなりグッとくる。
Tシャツとジャージはすでに洗濯カゴの中のようで、身体を冷やさないようエアコンの温度を確認するも、抜かりなく自分で変更していたらしい。せっかくだからこの後お茶にでもしようかと、浄水を火にかける。
「冷蔵庫のやつ使えば?」
「一回沸騰させるのに、わざわざミネラルウォーターとかもったいないでしょ」
「任せるわ。俺、コーヒー」
「カフェインレス?」
「んー、普通のやつ」
広いリビングで入念にストレッチを行なう御幸へ、チラチラと視線をやる。
今日のアンダーはノースリーブのハイネック。普段の試合では丸首を使うことが多いから、なかなかレアな姿だ。盛り上がった胸筋から、綺麗に割れた腹筋、鍛えられた背筋へ絶妙な薄さで纏わりついて、下手な裸より艶かしい。
剥き出しの肩や二の腕にもしっかりと筋肉がついているのがキッチンから見えて、思わず胸が高鳴った。筋張った手が足首に伸び、腰を軸として全身を折り曲げる。硬そうに見えてしなやかな、作り上げられたプロの身体だ。
「……沸いてるけど」
苦笑混じりに御幸が言う。その台詞に手元を見ると、水面を泡が蹂躙していた。温度計を片手に、慌てて消火。少しずつ熱が収まる様子を数字で確認する。
ケトルを使うのは楽だけれど、専門店で温度管理に気を使うことの意義を知った身としては、この作業を重要視したい。自分も美味しいものが飲みたいし、美味しいものを飲んでもらいたいじゃないか。人気者の彼氏を持つ、平凡な女のささやかな抵抗だ。お前の淹れたコーヒーが一番好き、と口元を緩める御幸の顔が、私も一番好きだから。

「はい、どうぞ」
どーも、と受け取られたマグカップ。気のない口調のわりに手の添え方は丁寧で、天邪鬼を体現しているみたいだ。全くもって素直じゃない。
「ねえ、何か羽織れば?冷えない?」
「真夏にホットコーヒー出すやつの台詞かよ」
はっはっはっと豪快に笑う御幸の上半身はアンダーシャツ一枚。遠目から眺める分には眼福だけれど、こう近いと目のやり場に困ってしまう。
「いいんだろ? これ」
開いた肩口に指を差し入れ、ハリのある生地を軽くはじく。日にやけた肌と、普段は布地に隠れている比較的白い部分のコントラストが眩しくて、私は顔を背けた。
「いいと思うけど」
「どこが?」
「試合中はなかなかアンダー姿って見られないし、貴重だし」
「ま、確かにな。これのお礼に堪能してよ」
御幸が飲みかけの液体をカップごと揺らして見せる。渋い香りが鼻をくすぐって、少しむず痒い。
「……じゃあ、遠慮なく」
彼の手のひらで踊らされているような流れが癪だけれど、冷静に考えてみればこれはなかなか良い取引だ。
生唾を飲み込んで、そっと胸板に触れる。指先でちょんっと、それこそ感覚があるかないかくらいの強さで。
あ、やっぱり硬いんだ。ゴムのように見えていた生地が意外な厚みを持っていることに驚きつつ、人差し指と中指で表面をなぞる。鎖骨の下あたりをぺたぺたと五本の指でさすると、御幸が微かに鼻を鳴らした。どうやら擽ったいらしい。
「男に二言はないからね」
「はいはい」
釘を刺して第二ラウンド。
御幸が両手を肩まで上げ、もう好きにしてくれとでも言いたげなポーズを取る。
私も改めて向き直り、タートルネックの隙間に指を差し入れ生地をつまんでみる。
裏はサラサラ、速乾性が売りの夏モデルだから当然か。
首筋から仄かに汗の匂いがする。御幸の体臭は何というか、「男」の匂いだ。香水の華やかさなんか程遠いし、制汗剤のような甘さや爽やかさも感じないのだけれど、なぜだかそそられる。男性フェロモンってやつなのかもしれない。体毛も平均より濃いタイプだし、身体の隙間で蒸れた体臭も例に漏れず濃い。そういうところ、人間らしくて好き。むわっとした香気が癖になる。
「……嗅ぎすぎ」
形の良い耳たぶを弄っていると、いきなり額を押されてバランスを崩した。同時に背中へ回った厚みのある腕によって体勢を整えられる。
「ちょっと。堪能中」
「一杯分は払ったろ、もう勘弁して」
「私のコーヒーは安くないよ」
「俺の身体だって安くねえよ」
淹れ方に一手間あるとはいえ所詮はインスタントの代物と、プロの肉体を比べるなと文句をつけたいところだけれど、さすがにブーメランなのでぐっと堪える。
黙り込んだ私が観念したと思ったのか、宥めすかすように頬横へ両腕がかけられた。対面する形で緩く組まれた胡座の隙間に収まる。私の太腿が御幸の大腿部と重なって、膝で彼の腰を挟む格好だ。
さらに引き寄せられて密着度が増す。数枚隔てた布越しに股間同士がぶつかり、御幸がそういう気分なのだと分かった。
「安くないんじゃないの?」
余裕ぶって、ちょっとだけ意地悪を言ってみる。
「安くねえよ、お前以外には」
目を細めて完璧な回答。これは予想外の返し。
私で童貞卒業したくせに。最初、三擦り半と持たずに出したくせに。着け慣れないゴムに陰毛巻き込んで、タイムって眉を歪めたくせに。未だに女心よりも相手ピッチャーの真理の方が読めるくせに!
呆気にとられて半開きになった口を、そのまま塞がれる。
そうだった。恋愛において普段はボール球の見極めすらできないのに、稀に場外ホームランを打つ男なのだ、こいつは。
口腔を好き勝手に嬲られ、対抗するも逆に絡めとられる。上顎をぬるついた舌で撫でられると、背筋にゾワゾワしたものが走り、唇から力が抜けてしまう。顎から耳にかけてするすると指が移動し、後頭部を押さえられてしまえばもう逃げられない。
唇がそっと離れ、舌を数回吸われる。顎にどちらのものともつかない涎が垂れて、彼の腰に添えた私の腕へ落ちた。
御幸はキスが好きだ。本人は自覚があるのか、ないのか。もし無意識だとしたら、口が裂けても認めないと思う。けれど、目覚めたばかりで口内が粘ついている時や、フェラの後口をゆすぐ前ですら強請るのだから、やはり相当の好きものだ。
キスの後、ベタベタになった私の顔を丁寧に舐めとって、皮膚の厚い親指で拭うまでがセット。常日頃から運動している人の心肺で蹂躙された唇はふやかされてしまって、正直このあたりはいつもされるがままだ。
訳が分からなくなる前に反撃の狼煙をあげたい。アンダーの裾から手を侵入させ、ヘソ周辺の皮膚を摘むと、御幸の腰が揺らめいた。
しめたとばかりにもぞもぞと腕を上昇させ、やや勃ち上がっている乳首を擦る。中心はまだ触ってあげない。乳輪と肌の境目を爪で優しく引っ掻く。単純な気持ちの良さとは違うのかもしれないけれど、じわじわ迫ってくる痒みにも似た快感があるはずだ。一瞬、呼吸が詰まるのが分かった。交わされる吐息の熱も上がった気がする。
逆側の乳首を、アンダーの上から同様にカリカリと往復してやれば、さすがの御幸も堪らないらしい。深いキスも相まってすっかり硬くなった下半身をぐりぐり、ごりごりと押し付けられる。
一瞬引いてしまった腰を捕らえられ、すっかり捲れ上がったスカートの中、ショーツに彼の指がかかった。
隠毛が透けるまで布地が濡れているのが恥ずかしい。これまでのあれやこれやでかなり仕上がってしまっている。口づけながら、御幸が器用に口角を上げた。
私の太ももの付け根を片手で固定しつつ、親指で届く範囲を撫で回す。媚びるような腰の動きは続いたままだ。
丁度、腟を押し上げる格好で硬いものが刺激してくる。指が焦らしながらクリを掠める。すぐさまイってしまう時と、別種の気持ち良さなのが気に食わない。頭に理性が残るせいで、やたらに羞恥心が煽られる。
ショーツのクロッチが中心に捩れ、ザラザラとしたジャージの素材に大陰唇を直接摩擦された。
振動に背中を逸らせば、腹側の皮膚が引っ張られ敏感な部分が露わとなってしまう。トントンとタップされ、滑りの良くなった親指が楽しげに弾く。せめて声だけでも自由に出せれば発散できたかもしれないのに、漏れた喘ぎは御幸が端から飲み込んだ。
そろそろ限界。性急に事を進めたいのは私だけじゃないはずだ。手持ち無沙汰だった左手で、ズボンの腰ゴムを引き下げる。もどかしく身動ぎして、前部がしっとりと濃くなったパンツをずらすと、張り詰めた御幸の陰茎が飛び出すように勃ち上がった。溢れたガマン汁によって竿はおろか、陰毛まで濡れている。
「……ベタベタ」
「好きだろ?」
返事の代わりに親指と人差し指で輪っかを作り、カリ首を振動させる。耳朶を吐息が撫ぜた。裏筋を数回指で往復すれば、先端がびくりとひくつき、ねばついた液をこぼす。2つの袋が重そうに揺れた。どうやらご無沙汰らしい。
全体に汁をまぶすよう、亀頭を手のひらで優しく転がすと、御幸が呻いた。
「……挿れてえ」
「まだダメ、痛いから慣らして」
「ん」
ソファーの上に転がるクッションを適当に取り上げ、私の背中に押し込むと、御幸の背景が天井へ変わった。

改めて、私の額に柔らかい唇が落ちる。包まれるような体勢で彼の匂いを堪能し、首筋から窪んだヘソまでを薄い布越しになぞれば、すっかり火照った思考は物を言う。

やっぱり、アンダーシャツって堪らない。