Triangler クエーサー

きっかけは「クエン酸」である。

一行は、水平線まで広がる赤茶の岩石、もといボーキサイトの上で、遅めの昼食をとっていた。
陽、羽京と先刻合流したばかり。所狭し並べられたコーン料理は、日持ちする舟食ばかり口にしていた体へ沁みる。
舌をなぞる幸せを噛み締めながら、ゲンは今いる場所がオーストラリアであることを改めて思い返した。当時は首都近郊の滞在ではあったが、番組のロケで訪れた記憶が残っている。
音響スタッフに勧められたレモンライム・アンド・ビターズ。オーストラリア発祥、酸っぱ苦い、爽やかな柑橘風味が特徴の国民的ドリンクだ。その歴史は古く、一八〇〇年代にイギリス海軍の船にも積まれていたと聞く。船酔い治療の常備薬だったそうだ。
千空の処方するチョウセンアサガオにそれなりの効果があるため、この飲料が緊急で必要というわけではない。しかし、嗜好品として、久方ぶりにあの懐かしい味わいへ触れたいのも確かだ。ちなみにオーストラリアは十八歳からの飲酒が認められており、仮に疑念を放り込まれたとしてもノープロブレム。それこそ、バー・フランソワのメニューに仲間入りしてくれればどんなに嬉しいだろう。
「そちらの品にはアンゴスチュラ・ビターズを用います」
ゲンの提案に、フランソワはほんのり頬を紅潮させた。
ラム酒へ、リンドウの根、ハーブ数種を漬け込んだ後、スパイスで調整すれば目当てのリキュールが完成するらしい。名前に入っているアンゴスチュラは原料に入らんぞ、と龍水から指摘されたものの、正直前提のアンゴスチュラについてはよくわからなかった。おそらく何かしらの樹木なのだろう。
「クエン酸には、疲労回復効果もございますから。航路には最適かと」
「クエーサー?」
フランソワの解説に相槌を打つがごとく、なまえがひょっこり頭をのぞかせた。千空、チェルシーと精錬手順を整理し、たった今帰還したばかりである。
「クエーサーじゃなくて、クエン酸な」
呆れた、にしてはどこか愉快そうな口調で千空が口を挟む。
「どんな聞き間違いしてんだ」
「聞き分けられちゃう千空君も、かなりの宇宙オタクだね」
なまえがケラケラ笑う。JAXAの職員であること以前に、根っからの宇宙好きらしい彼女は、定期的にディープな内容で千空との雑談を楽しんでいた。船上バーで「小惑星の正式名称」をテーマに山手線ゲームをやっていた時は、往復回数が二桁に突入したのを見聞きしてさすがに引いたが。

「それで、この岩からアルミニウム? とやらは、無事にできそうなのか?」
コハクが三人の座る場所を空けながら、懸案事項を問うた。
旧現代人にとって、アルミニウムといえばアルミ缶の印象が強い。銀色のイメージがあるあの物体に、このボーキサイトがどのような過程で変化していくのかは気になるところだ。
「バイヤー法でアルミナにして、ホール・エール法で精錬すればいいだけだから、手順自体はわりと簡単なんだよね。水酸化ナトリウムと蛍石ももうあるみたいだし。加熱加圧設備も用意できちゃうんでしょ」
なまえが専門用語にて解説を試みる。そういえばこの人は技術者だったなと、その場の全員が思い返した。船内でのズボラな印象が強く、つい肩書を忘れがちなのである。
「……しかし、めっぽう軽いとは言っても、金属のかたまりなのだろう? それが空を飛んで月まで行くというのは、やはり疑問だな」
「だよねえ……。コハクちゃん、さっき『鉄を使うの?』って、千空君に聞いてたじゃない? あれ意外と的をついてて。確かに強度は鉄の方があるんだよ。ただ、重量単位での強度はアルミの方が強くて、同じ強さのものをいかに軽くつくるかじゃアルミ、マグネシウム、チタンの三択なの。さすがに合金じゃないと厳しいけど。で、とりあえずこのラインまで軽くできれば、ロケットエンジンの推力で空気の層を抜けられちゃう。目安としては本体の金属重力が全重量の一割くらいね。残り九割は推進剤!」
首を傾げるコハクへ、宇宙工学者が援護とは言い難いフォローを行った。
「合金っつーのは、航空機のジュラルミンとかな。単語だけでも聞いたことあるやついんだろ」
千空が片耳へ指を突っ込みながら補足する。
「直近の課題は、精錬用の電力とプレスかなあ。金属組織を潰さないと、強度に不安が」
「ククク、手のひらサイズの工作とはそもそもの前提が違え」
この場にゼノがいれば、二人の知識が至らぬ点。特にエンジン部分へ指摘のひとつでも入れたのであろうが、完全にないものねだりである。「一応なんとかなるらしい」、ざっくりすぎる概況理解をして、その話はひと段落することになった。
──と。
「そういやよー、『くえーさー』って何だ?」
数刻前の空目に、当初からそわそわ落ち着かずにいたクロムが反応した。さすが、新たな知識について耳聡い。
「太陽の一兆倍明るいって言われてる天体のこと」
「全宇宙でダントツ眩しい銀河核っつーわけだ」
オタク二人の説明を受け、質問者が唸る。その視線は科学者の胸元に刻まれた式を捉えていた。
「明るい……っつーことはよ、その分燃料がいるってことだろ? そんだけたくさんのエネルギーが宇宙にはある、ってことか?」
「そう、そうなのクロム君……! 実は、あまりにも放出エネルギーが大きいから、最初は観測ミスも疑われたくらいだったの!」
学者への殺し文句は「あなたの話を聞きたい」だと言うが、それが立証された形である。正確にすれば、なまえはエンジニアであるため、教授など「教える」を目的とした狭義の学者とは異なる立場だ。それでも、自身のテリトリーに興味を持たれるのは喜びらしい。
「学説的に有力なのは、クエーサーの正体が超巨大ブラックホールなんじゃないかって話。重力エネルギーを使って、あそこまで明るく輝いてるんじゃないかって。もちろんそんな大量のエネルギーを供給し続けるのは難しいから、今この瞬間にクエーサーはないとされてて。観測してるのはほぼ確実に数億年前の光なの」
一息でそこまで告げた彼女を顎で示し、「なまえ先生の講義通りだ」と、千空が苦笑する。「すっげえ……!」好奇心に目を輝かせたクロムが、さらに質問を重ねようとしている気配。それらを素早く察したゲンは両者の間へするりと入り込み、手のひら同士を打った。
「はいはい、そこまで。千空ちゃん、なまえちゃんもエネルギー補給しなきゃね。これから、もーっと輝いてもらうために」
それまでの会話とかけたメンタリストの言い回しに、宇宙オタクはそろって口元を緩めた。

先んじて舌鼓を打っていたチェルシーの横に着座し、二人が料理を手に取りはじめたタイミング。ふと、スイカが陽に声をかける。
「羽京は船のレーダー使いだけど、陽はどうして一緒に来たんだよ?」
南米での試行錯誤期間を経て、今やすっかり美女であるスイカに鼻の下を伸ばしつつ、元警察官は「なんか知んねーけど、羽京が超大事っぽいもん運んでっしよー」と戻す。
──大事っぽいもん?
一同が首を捻る中、羽京と千空は目を見合わせた。

日が陰り、船上。
全員の前で、大事っぽいもん──完全体の「メデューサ」が千空に預けられた。
今からおよそ十年前、北米発信で全世界を再石化させた装置、正真正銘そのものである。
「一メートル、三セコンド」
囁いた千空が、誰もいない空間に装置を放った。
その場の誰もが息を呑む。かつて目に焼きついた、禍々しいほどの輝き。
インドで目覚めたなまえとSAIにとって、その光を目の当たりにするのは二回目だ。あの日、空港で、屋上で、水平線より襲いくる眩さを見た。
コハク、カセキが感嘆の声をあげる中、なまえは押し黙り、最後まで光の名残を追っていた。もし、ブラックホール自体を視認できたとしたら、こんな風に見えるのかもしれない。その思考ですら二回目であることを思い出す。
「……みょうじさんは、怖くない?」
隣で、石化光線が消えゆくまでの一部始終を眺めていたSAIが、そっとなまえへ声をかけた。
「すっごく怖い……でも、すっごく綺麗」
「……僕も、すごく、綺麗だと思った」
SAIの眼差しの先には、彼女の横顔がある。人類の理解を超えた光に照らされてなお、未知を愛そうとする工学者の瞳は、SAIにとって、とても尊い何かに映った。
しかし、すべての音が周囲から失われたようにすら思えたひと時が、この状況で長く保たれるはずなどない。
彼女が彼を覗き込む。プリズムが、SAIのものとかち合う。
「……私の顔、何かついてる? まさか、どこかしら石化してる⁈」
「あ、いや、そういうことじゃ」
──ともかくよ!
「現役メデューサのこいつに、カセキが電池つくってブチ込みゃ、もう自由に石化し放題っつうことだ……!」
プログラマーの弁解を遮り、好奇心を抑えられずにいたクロムが意気揚々と手をあげる。千空は少年の無垢な発言へ一瞬目を伏せた。しかし、その後すぐに視線を戻した彼の表情。それは、ただ「最善」を選択する意思に満ちていた。
「使える石化装置が手に入った今、これで月に特攻できる。俺らの月旅行ロケット、最重要パーツだ」
「……どういうこと?」
なまえがSAIだけに聞こえる程度の、小さな声で呟く。しかし、その答えを彼は持っていない。
「ホワイマン先生が人類石化の総攻撃、いつかましてくるかわかんねえんだ」
一日でも早く月へ行って、ガチ勝負しなきゃなんねえ。
「月世界旅行、のんびりワクワク、帰りの便までクラフトしている暇はねえ」
沈黙。
言わんとすることはわかる。けれど、頭の片隅で、もう一人の自分がその認識を拒んでいる。そんなこと、あってよいものだろうか。可能か否かではなく、倫理的に。
「つまり、月行きのメンバーは、ホワイマンとの対決ミッションがどういう結果になろうとも、地球には戻らないということだな」
──違うか?
重苦しい空気は龍水によって破られた。現時点、パイロット候補として、ほぼロケットに乗り込むことが確約されている張本人。
人類が進歩して、彼らを迎えに行くその日まで。もしホワイマンとの対決に敗北すれば、再度人類が石化されれば、何千年先になるかもしれない長い月日を月面で待ち続けることになるその人。
全てを理解しているだろうに、龍水の表情に一切の恐れはなかった。そして、それは提案者である千空も同様である。
「石化装置で完成する。俺らの月旅行のチケットは片道切符なんだよ」
やけにぬるい風が、肌を撫でた。

駐在事務所でこそ、有人ロケットという大きなくくりでプロジェクトに携わっていたものの、本来なまえの専門は「再使用型ロケットの開発」である。
まだ日本では実装化に至っていない新たな分野。コストの低減、打ち上げ間隔の縮小など、多様なメリットが想定されている。JAXAが抱える基幹研究のひとつだ。
再使用。つまり、行って「帰ってくる」こと。それらが大元に据えられた研究である。
千空の決断は効率面から考えて正しい。しかし、自身の専攻との大きなギャップがなまえにとっては歯痒かった。
何より、搭乗者候補の兄であり彼女の友人でもある。彼の心持ちが気がかりだった。

「七海君、少しいいかな」
なまえがSAIに割り当てられたログハウスを訪ねると、数秒のラグを伴い扉が開かれた。出迎えた彼は、彼女の顔を見るなりどこか気の抜けた表情を浮かべる。
普段であれば、床へ複数枚の紙が散らばり、全てにマシン語が羅列されている。が、その日の室内はやけに整頓され、プログラマーの生活感が殊更薄いように思えた。
あの宣言直後、おもむろに声を漏らしたり、大きく表情を歪ませたり。SAIに、あからさまな反応は見られなかったはずだ。
それでもやはり、いつも通りではなかった。
「フランソワさんがレモンライム・アンド・ビターズを振る舞ってくれて。ゲン君のリクエストなんだって。持ってきたんだけど、一緒にどう?」
明るい調子を取り繕い、なまえが手元の瓶をちゃぷんと揺らした。

木製テーブルに、二つのグラスが並んでいる。
「……私、実はロケットの専門家なの」
「いきなりなんだよ」
向かい合って席につき、しばらくなまえは適当な雑談を振り続けた。会話の節々に見え隠れするSAIの反応を伺いながら、束の間の和やかさを楽しむ。SAIはなまえの取り止めのない話題へ相槌を打ち、時折突っ込み、時折笑った。
そして、しばしの沈黙が訪れた後。彼女は唐突に自らの肩書を宣言したのである。
「私なら、千空君を説得できるかもしれない。ロジックは今から考えなきゃだし、技術者としてはまだ甘いところも多いけど。それでも、天才少年にさらっと負けを認めるほど、生半可な仕事してきてないよ」
「知ってる、みょうじさんのワーカーホリックぶりは」
三七〇〇年前を回想し口元を緩めた彼は、窓の外からこちらを覗く月に目をやった。
「……ロケットか」
「龍水君と、もう会えなくなっちゃうかもしれないんだよ」
さらに言えば、残酷にも弟を月へ送り出すプログラムを、自らの手で設計しなくてはならない。天賦の才を持ちながら生まれてしまったばかりに、誰か別の人物へ、その辛い役目を譲ることさえできない。
SAIは、テーブルの木目をじいっと見つめながら、頭をかいた。
「みょうじさんの気持ちは嬉しいよ」
ただ。
「龍水が納得してるなら、それでいいと思ってる。一日でも早く月に行かなきゃ、って。その理由はわかるから。それに……昔から、あいつを止められたことないんだ」
冷静に言葉を紡ぐキャプテンの兄に、感情が大きく波打つ。昂りに合わせ、彼女が勢いよく椅子から立ち上がると、ぎょっとした面持ちのSAIがなまえを見上げた。
「……なんで、こういう時に限って物わかりがいいの⁈」
インド洋の上で、龍水の思いを知った。
二人は、これからきっと、もっと大事な話をするのだろう。南十字星に約束された問いかけも残っている。
そのうち、弟が交わしたがっていた他愛のない話だって、明日には忘れてしまう中身のない話だって、たくさんできるに違いない。くだらないことがきっかけで言い争って、理解を深め合って、そのたびに何度だって仲直りしてほしいだけなのに。
人類のためだなんて、そんな二人以外に都合のよい押し付けで引き裂かれて、一生お別れなんて。そんなの、あんまりにもあんまりじゃないか。
「なんで往復がいいって言わないの⁈」
「でもっ、そんなの」
「わがまま言えばいいのに! 絶対、私は……怒ったり、軽蔑したりしないのに。止められたことないって、そんなの今回が初の成功例になるかもしれないでしょ⁈ 七海君が片道はいやだって少しでも思うのなら、私なんだってするのに!」
「よくないだろ……みょうじさんにそんな」
「いいとか悪いとか、そんなんじゃなくて! 七海君がどう思うかを聞きたくて……だって、ただ、私は、七海君に、七海君を想う家族がいて、すっごく嬉しかったのっ……」
「なんで……君が泣くんだよ」 なまえはそこで、自分がぼろぼろと大粒の涙をこぼしていることに気がついた。
「……ごめん、これは違くて……やだな、こんなはずじゃ」
必死に手の甲で目元を擦るも、熱い液体は止まることを知らない。
SAIの前で泣くのは、あの日以来だ。人類が石化する数日前。インターンを終え、日本へ戻る日程が確定したあの日。インドを訪れる機会は、もう先数年ないかもしれないと、彼に別れの挨拶をした、忘れもしないあの日。
「……みょうじさんに、泣かれるのがっ……一番困るよ」
彼の唇から溢れる言葉ですら、あの日と全く同じだった。机の上に身を乗り出したSAIが、なまえの頬に触れる。
石化痕でざらつく指の腹が、彼女を傷つけない程度の柔い力で、涙を拭った。じわり、熱が広がる。
濡れた瞳には彼が映っていた。互いに前のめりな姿勢のため距離が近い。そのまま引き寄せられれば、うっかり飛び込んでしまいそうなほど。
「あの」
何か言わなくては。このまま無言でいたら、その表情に絆されてしまいそうで怖かった。なまえに「なぜ君が泣くんだ」と言うわりに、SAIの方がずっと痛そうな顔をしている。彼を癒す術を、脳の片隅で探し続けてしまう。
「あのね、私──」

──と。
「許すかよ!」
何者かの叫びと同時に、ログハウスの扉が破られた。
「ぴぎゃっ!」
「ひえっ⁈」
SAIとなまえは、ロケット加速の勢いで飛び退いた。爆速で鳴り響く心臓を落ち着かせながら、声の主を探す。
「月で石化しちまうってんなら、もう、生きてる間には二度と会えねえかもしんねえ。許すかよ、んなもん! 許せるかよ!」
「ク、クロム君⁈」
「スイカもいるんだよ」
なまえの名指しへ、入り口付近に仁王立ちする少年の後ろから、ひょっこり小柄な少女も顔を出した。
「お邪魔だったんだよ……?」
「全く! あ、あれだよね! 誰か来ないかなあって! ね! ちょうど話してたところだったんだよね!」
「そっ、そうだよっ! そうっ!」
二人して首を横にぶんぶんと振る。控えめに嘘八百である。スイカは愁眉を開き、「ならよかったんだよ」と薄く微笑んだ。
「……俺みてえな素人が、なんか言える義理はねえ」
ささやかな少女との会話へ被せるように、立ち尽くしたままのクロムが、ぎゅっと自らの拳を握りしめる。
「けどよ! 最後に全員揃って、やったぜ! っつって乾杯してえ! ハッピーエンドにしてえ!」
──往復ロケットをつくりてえ……!
慟哭と呼ぶには優しすぎる、純真な願いだった。
少年は、SAI、そしてなまえへ順ぐり視線を送り、俯き、唇を強く噛み締めた。
「……ただ、デケエ口叩いてもよ。俺らはロケットのロの字もわかりゃしねえ」
「ムズカシイ計算もいっぱい必要なんだよ」
だから。
「教えてほしいんだよ!」
「スイカが言ってたぜ。SAIは『きょうじゅ』ってやつだったんだろ⁈」
電卓をお披露目する場として、ゲンの音頭により新世界数学オリンピックが開催された際の出来事だ。登壇した千空、クロム、SAI、加えてリモート参加のマグマを遠巻きに、観戦組は優勝者を予想していた。
その際、SAIを一位に予想したなまえが「七海君は教授だから」と。彼が数学大国で、最重要科目を教える立場であることを述べたのだ。
クロム、スイカはその場でうずくまり、土下座の姿勢をとった。
「たしかに僕はっ、プログラムの傍ら、食べるために大学で数学を教えてた」
「わ、私も若手の仕事で、学生向けにYouTubeの担当してたことが」
スイカを起こしながら、なまえは先ほどの浅はかな発言を悔やんだ。美しい星空を見せるためだけに彼女を目覚めさせた男が、その彼女だけに責任を負わせるようなこと、頼むはずないのだ。自身にも、他人にも、強制を望まない人だから。
肉眼では見えない星を、闇色の天幕に探すのが宇宙工学者の特性だとすれば、そもそものはじまりはそんな些細な出来事だった。なまえの性質が、目を凝らしても見えないSAIの居場所を、ふとなぞってしまっただけだ。きっかけは偶然にすぎない。
にも関わらず、こんな根本の部分でさえもいまだすれ違ってしまう。拍子抜けするほどあっさり、SAIの方がなまえの居場所を先に見つけていたりする。当然の顔をして、いつの間にか彼女の側にいたりする。無自覚に、柔らかな部分へ指を差し入れてくる。そんなところが──そんなところで、痛いほどにそんなところだった。

蹲るクロムをようやく引き起こしたSAIが「簡単じゃないよ、ゼロからなんて」と眉を寄せた。
が、答えはわかっている。彼らは、過去の龍水と同じく、「一緒に」やろうと、足並みを揃えに来たのだ。こくり頷く二人の若者へ、プログラマーは内を透かす眼差しを向けた。
「……本気、なんだよね?」
「おうよ! ヤベーほどな!」

クエーサーは初期宇宙に見られる現象だという。その理由は、根本的に証明されていない。しかし、一学説では、周囲のエネルギーを消費しきってしまうためだと考えられている。
生まれたての銀河核が、周囲の知識を貪欲に取り込み、何よりも、誰よりも明るい希望を灯す。
工学者は、新人科学使い二人へ、クエーサーのごとき眩さを感じていた。