「このあたり、春になるとタンポポがぶわーって咲くんですよ」
日の暮れかけた、橙色に染まる小道。隣を歩く彼が嬉々として告げた。
「小学校の帰りなんですけど、綿毛飛ばし競争したりとか!」
「想像の十倍くらい穏やかな遊びだね」
思わずくすくす綻んでしまう。
「ランドセル背負ったまま川に入った、とか。そういうのがきても驚かないように、心の準備してたんだけどな」
「時効ですよ!」
「ドンピシャだったか……」
さすが期待を裏切らないねえ、と再度笑えば、「御幸先輩みたいなこと言わないでください」と口を尖らす。
御幸。私にとっては隣のクラスの同級生。そもそもの接点も多くなければ、なんとなく近寄りがたかったような印象が強い。
加えて、卒業してから何年も経つのに、未だ定期的に飛び出す名前へ、毎回ジェラシーを募らせている。
ただ、その名前を呼ぶ時の彼が一際嬉しそうだから、この感情は喉に引っかかったまま、取れる見込みはない。
まったく。複雑な乙女心だ。
「そうだ。タンポポといえば、花占いはわかる?」
「花びら一枚ずつちぎって、好き、嫌い、好き、ってやつですよね」
「そうそう! それのタンポポバージョンがあるんだよ。綿毛を吹いて全部なくなるまで、好き、嫌い、を繰り返すんだって」
「おー! 頭いい!」
「頭……はいいかな?」
「だってタンポポめちゃくちゃ花びら多いですし! 一枚ずつちぎったら終わらないじゃないですか! 時短テク!」
ヨーロッパ発祥、古の恋占いを、どこぞの主婦のような一言でまとめられた。
「でも、多かったら多かったでぱっと見答えが分からないから、ちぎってる間もどっちかなーって、ずっとドキドキするよ」
「む……確かに……これは、まさにあれですね。二律背反ってやつですね!」
「おお、突然の四字熟語」
試合中も時折、プライベートではもう少し高頻度で見られる猫目。焦ると、頭より先に口が回ってしまう癖は高校時代から変わっていない。あと、おそらく意味も違う。
「二律背反はおいといて。いっせーのせで競争したら、普通の花占いとタンポポ占い、どっちが早いか分かるね。綿毛を全部飛ばすのってコツいりそう」
「じゃあ、タンポポの時期にまた遊びに来てください! やりましょ!」
全力の笑顔、ときめく誘い。猛スピードで頭を掠める懸念。
「それは嬉しいけど……仕事は?」
今日のようにオフシーズンなら良いものの、タンポポの開花時期は三月と九月。彼の職業柄、最も多忙な期間だ。旅行どころか、ゆっくり会うのも難しい。
「あ」と漏らした彼は、ぐぬぬと渋い顔で眉根を寄せた。実家に帰った安心感か、スケジュール感覚にバグが生じていたのかもしれない。
数秒後、重そうに唇を開閉させる。
「……帰省は難しいかもですけど」
彼にしてはめずらしい、控えめな声量だった。夕日と関係なく、耳が朱色に染まっている。
「俺に聞いてくれれば答えますから。タンポポに預けないでください」
……その沢村占い、「好き」以外出る?