ダイヤプラス 約束はいずこ

十数年前の約束だ。
プロになって、野球で食っていけるような選手になったら結婚して欲しいと、そんな大それたことを告げ、小指を絡めた。
礼ちゃんからスカウトを受けて、薄ぼんやりと自分の将来について考えた始めた時期だった。いつか甲子園に出るんだろう、そのままプロの道へ進むんだろう。あまりにもお花畑で笑ってしまうが、そんな未来図を当たり前のように描いていた。
お世辞にも素直とは言い難い子どもだったけれど、それも同年代と比較すればの話で。殊更、恋愛に関してはガキだった俺は、アイツの手をとって言ってしまったのだ。
頷いた時の表情だとか、硬く引きむすんだ唇だとか、そういったことはするする思い出せるのに、約束した際の場所や時間は曖昧にしか記憶していなかった。多分、ユニフォームを着ていたと思うから、グラウンドの近くだったはずだ。
俺の話の後に、アイツが「私はね」と、自分の夢をこっそり教えてくれた。待っているだけは嫌だから、とも言った。
そういうところが好きなんだよな、と心の中で考えたような気がする。ただ、口には出さなかった。全部言うのってだせえかな、なんて急に思ったの。いや、そんなこと気にするなら鼻からプロポーズするなよって感じだけどさ。
それから、無性に気恥ずかしくなって連絡は取れなかった。そのまま十数年、初恋を引きずったまま、未だ彼女の一人もいない。もう笑ってくれよ。
閑話休題。
だらだら昔話をして、結局何が言いたいかと言うと、そんなこんなしているうちに、二十代後半へ差し掛かってしまった俺の長期的な現状と、バカ村のせいで絶賛記者会見中という短期的な現状の二つだ。
プロとしてそこそこの年俸を貰えるようになり、それ自体はありがたいのだが、比例して女性関係のゴシップが年毎に増えた。特にマスコミは、俺の夜遊びを報じたくて仕方がないらしく、私生活の範囲も狭まるため非常に迷惑している。
この間なんか、名前も知らない若手女優との密会が雑誌に載っていて、めちゃくちゃビビった。ふらっと入ったコンビニで横見たら、自分の名前ががっつり印刷された週刊誌が並んでる絵、実際体験してみるとなんのホラー映画かと思うよ。俺の写真、スーパーに買い出ししてる時のスウェット姿だったしね。いつも通り、話題を作るための合成なんだろう、なんてため息を吐いた。
今回もその程度の所謂根も葉もない噂が発端で、我関せずを決め込むつもりだったのだが、メディアを避ける俺の身代わりのように取材を受ける沢村がいよいよ爆発した。なんと「先輩は肉食に見えてチキンなんですよ! あの人自身が肉なんです! 未だに昔好きだった人を引きずってるんですから! 簡単に捨てられませんから! みみっちい男なんですよ! あり得ませんから! 」と。カメラの前でそれはそれは盛大にぶちまけたのだ。鼻息でアナウンサーが吹き飛ぶかと思ったが、さすがに無事だった。
ごめんな、沢村。でも内容にオブラートのオの字もねえのと、お前のせいでこんな場を用意する羽目になったからやっぱりバカ村でいいかな。
俺は、登壇した席で前段の芸能人との恋愛報道を否定し、その理由に「まだ初恋が忘れられないから」と続けた。そりゃあ顔から火が出るほど恥ずかしかったよ。スーツバッチリ決めて、髪もオールバックにして、カメラのフラッシュが飛び交う中で真面目な顔して「初恋」って。
俺なんか悪いことした? いつの罰ゲームなの、これ。
どっかの記者がどさくさに紛れて「御幸選手は女性経験が全くないということでよろしいですか?」と聞いてきたから、やけになって「ええ、彼女一筋だったものですから」と答えてやった。失笑してるけど、お前顔覚えたからな。
沢村が嘘をつかない性格だという世間の認知もあってか、事情聴取と弁解の場面が、途中から俺の恋愛経験のなさを引き出す大喜利へと変わっていった。
いや、マジで何。
完全に貧乏くじだったのだが、俺もだんだん疲れてきて、最後の方は自分が何言ってるのかよく分からなくなっていた。だから終わりかけに「そのお相手へ一言もらえますか」と尋ねられて、まあ言っちゃうよね。
「プロになって、野球で飯食えるようになったから、約束通り結婚してください」
俺のメールアドレス変わってないよ、って付け足しておいた。連絡くるかな、来ねえかな。お前の夢はどう? 俺は叶ったというか、叶えてる途中なんだけど、最低条件はクリアしたと思うから。
だから、こんなゴツくて、おまけに童貞で、昔の約束に未練たらたらな野球馬鹿のシンデレラで良ければ、いつでも迎えにきていいよ。