Prayer 6章③ 田崎源一郎

盤の上に、パチンと音を立てて碁石が乗る。碁笥の中に利き手を差し入れながら、竹青荘の大家兼、陸上部の監督である田崎源一郎は「ふむ」と低く唸った。
右上角ではじまった陣の取り合いが、右側全体に広がり、大規模な戦の様相だ。後手を取っている白番は、どこに優先して手を入れるべきか判断に迷ってしまう。上手いこと黒にやられた形である。
「……あまり年寄りをいじめるもんじゃない」
「まさか! 今日は偶然調子がよいだけです」
縁側の対面に座り、お茶をすするなまえが首をすくめた。
謙遜なのはわかっている。初夏以降、一週間に一回ほどのペースで対局しているが、高校時代にアマチュア四段の祖父から鍛えられたという彼女の読みはなかなかに鋭い。詳しく話を聞けば、祖父が祖師ヶ谷大蔵のローカル名人だった。はじめて苗字を聞いた時にも一瞬おや、とは思ったのだが、頑固で寡黙な爺となまえの印象が合致せず、考えすぎとしていたのだ。
熟考した田崎が、腹を決めて空いたスペースに切り込む。すると、なまえは待ってましたとばかりに強気の姿勢で勝負を受ける。こちらに致命傷を与えるほどの厳しさではない。互いに気持ちよく打ちあうための無理のない手だ。おそらく、年配者への敬意を担保するためのあえての選択なのだろう。小憎らしいほどできた若者だった。
対局とは会話である、というのは田崎の持論である。中途半端に気遣って話すくらいならば、一度碁盤を挟んだほうがよい。それだけでさまざまなことがわかるものだ。たとえば、相手の利き手。決断の速さ。物事を考えるときの癖。そのひと特有のテンポ。
中でも、なまえの対局リズムは、清瀬と交わす会話に通ずる何かがあると、田崎は感じていた。

清瀬とはじめてやりとりをしたのは二〇一五年の春。電話口だった。入学直前にならないと上京できないが、先んじて入居の挨拶を、とわざわざ連絡を寄越してきたのだ。律儀な学生もいるものだと感心したことを覚えている。
そして、青年が竹青荘に一月ほど経過した頃合い。彼は単身で母屋を訪ねて、田崎へ箱根駅伝出場に向けた計画を打ち明けた。
急に何を言い出すのか、と呆気に取られたが、清瀬の表情は真剣だった。冷静な眼差しの中には覚悟が滲んでいた。寝ぼけて、夢を語っているわけではない。高校を卒業したばかりの少年が、歴戦の老兵のような雰囲気を醸せるものかと、そういう意味でも田崎は驚いていた。
以降、清瀬は計画に何らかの進展があるたび、頼んでもいないのに大家へ報告にやってきた。駅伝監督を引き受けてくれまいかと、そのたびに必ず頭を下げる。
季節が一周し、彼が二年になるタイミングでついに田崎が折れた。現役を退いてかなりの月日が経っているとはいえ、もし寛政大学で箱根駅伝本戦出場だなんてそんな日が来ようものなら、田崎に白羽の矢が立つことは想像に容易いためだ。経営陣に顔見知りがいる。選手時代の経験的にも、監督としての実績的にもこの近辺で彼を上回るものはいない。ならば、この段階で口約束をしても、もしもの結果は変わらないだろう。
とはいえ架空の議論だけに時間を使うつもりは毛頭なく、田崎は「十人の部員が竹青荘に集まったら」との条件を出した。アパートに九部屋しかない以上、その条件はいささか不憫すぎるきらいもあったが、清瀬は一言の文句もなくそれを受け入れた。それくらいの運を引き寄せなければ、箱根駅伝への夢はそもそも無理だとわかっていた。
そして、清瀬が四年生となる最後の年。三月も終わるころ、清瀬が長らく待ち望み続けた十人目がやってきた。
迷子の子犬のような身なりで、田崎を静かに威嚇する青年。彼を風呂場に突っ込んで、清瀬は「蔵原走。一年生です」と笑った。
「どこで拾ってきた。それに、蔵原……? うーん、いやどこかで聞いたような気が……」
「監督、これで十人です」
「……負けたよ、まあいいさ。お前の好きにしろ。ただ、金はないぞ。あるならまずあのオンボロ荘をどうにかしとる。やると言ったからにはやらせてやるが、この世界足の速い遅いだけが問題じゃない」
「はい」
「金ももちろん必要だが、そもそも周りが認めてくれるか」
彼が成しえたい「走る」とは。勝負をするということは、つまりそういうことだった。一人で野山を駆けるのとは訳が違う。
清瀬は深々とお辞儀をしてから、「どちらにせよ、参加することが目的ではありませんので」と神妙な顔で頷いた。
あれから、まだ半年──否、もう半年。ずいぶんと遠くまで来たものだ。ちぐはぐだった竹青荘の面々は、今やすっかり陸上選手の顔つきになっている。あの素人どもに予選の参加資格を持たせただけでも、指導者として後援会が開けるくらい立派な成果に違いなかった。
「──来週にはもう予選会ですね」
田崎の考えを読んだかのように、なまえがぽつりと呟く。
「三十分を切る者はまだ三人と聞いている。全員一万を走れるようになったことは評価するが……さて、どうなるか」
「近頃はクロスカントリーも二十キロが通常メニューなんですよ。脱落者もいません。トラックでもビルドアップが本格的に導入されて。春はラスト上げきれなかったところをキロ二分五十秒の設定でこなしてますし……なんて、わたしの成果ではないんですけどね。ただ、監督に現状の報告できればと思って──特に、最近の清瀬君はさすがに余裕がなさそうに見えるので……。予選会当日に向け、監督の歴戦の知見をぜひお貸しいただければ」
「まあな。足腰はダメだが経験だけは残っている。伝えられることは惜しみなく伝えるよ。それにしても本当に大したもんだ、あの男は」
「すごいひとですよ、本当に……。この間蔵原君から聞いたんですけど、初対面の彼を口説くとき『すごく楽しそうに走っていたから、その分だけきみを信じる』って言ったそうです。そりゃあ蔵原君も驚きますよね。わけがわからなくて、やたら押しが強くて、正直あの時は怖かったって。今じゃ完全に笑い話」
清瀬の後ろで、不機嫌そうに黙り込んでいた青年の姿を再度思い返し、田崎はなるほどと顎をかいた。
「……信じる、か。駅伝とは切っても切り離せまいよ。何が信用のきっかけになるのかなんて誰にもわからん。ひととひとの出会いもまた然り。誰といつ、どう巡り会うのか。何を与えるのか、もらうのか」
もしこの世界に神様がいるのだとしたら、代打の合コン、万引きの逃走経路。随分と俗っぽい巡り合わせを提供してくれたものだ。
田崎の半分眠っているかのような言葉に、なまえは碁笥の伸ばした指先をふと止めた。そして、利き手ではない方。それまで膝の上に置いていた左の手のひらを開き、見つめる。盤上の動き方を考えているわけではなさそうだった。
「……どうした」
「いえ。今の話を聞いて、ひとつ思ったことがあって。多分……いえ、きっと。信じるというのは──」
目の前の女性は、まるで祝詞を読むかのように言葉を紡いた。

予選会二日前。
その日の練習は、各自で朝晩にジョグをするという軽めのものだった。予選会前日にも本練習の予定はなく、それぞれで体をほぐすのみ。自身の調子を把握しながら、闘志と集中力を高めていく。清瀬の采配だった。
しかし、これまで強度の高い練習を重ねてきた反動で、いきなり自由時間を与えられても、余計なことを考えてしまいそうで落ち着かない。耐えかねたジョージが「最後の仕上げはひとつでしょ!」西陽の差し込む食堂で挙手をし──個人差こそあれど皆不安は抱えていたことから、急遽酒盛りが開催されることが決まった。
緊張をやわらげ、当日に向けて団結を強めていくには、一緒に酒を飲み交わすのが手っ取り早い。強豪校でこんな提案をしたら、監督の大目玉では済まないだろうが。
「いいの⁈ 明後日はいよいよ予選なのに」
密着している日本テレビのスタッフたちも常識を外れた行動に目を見張った。神童が人好きのする笑顔のまま「これがうち流なんで」と戻す。
「とはいえ今日で一旦こういうのは最後。明日はじっと明後日を待つ!」
「そうだそうだ!」
久方ぶりの大きな飲み会に、ニコチャン、ユキ、キングのアダルト組は、大吟醸の瓶を持ち出してはしゃいだ。彼らと同じアダルト組に分類される清瀬も、普段のように皆の世話を焼きながら、自身もかなりのペースで酒を煽った。
和気藹々と、小一時間ほど経過した頃合い。
立ち上がってふざけていた双子が腰を下ろすのを待って、清瀬は「では、ここで監督から一言いただく」と隣を促した。激励の会という側面から、今日に限っては監督である田崎も双子の部屋に招待されている。
エホンと大仰に咳払いをし、田崎がゆっくりと立ち上がる。適宜カメラを回していたクルーも、これはよい画が撮れそうだと老人を中心に画角を整えた。
「……わしからは、勝つための秘訣をひとつ伝えよう」
いつものほほんと責任感とは無縁の日々だが、大事なところでは決めてくれるのだろうか。それはそれで監督らしい気もする。いくつかスポーツ漫画の具体例を想像した王子が「これはこれでありなのでは……」という期待の表情を浮かべた。しんと場が静まり返り、そして。
「──左右の足を交互に出せ。そうすりゃいつかはゴールが来る」
「ありがとうございました」
清瀬が間髪入れずに頭を下げた。
王子と同様に生唾を飲み込んでそわそわしていたジョータが、「……え、以上?」と拍子抜けする。
「いいじゃないか。確かに真理をついていると言っても過言ではないかのようなことを言ってるような気がしないでもなかっただろう」
清瀬のフォローも、「何を言ってんだ、てめえは」というごもっともなニコチャンの差し込み前では形無しだ。
緊張の反動で、各所からブーイングが巻き起こる。監督にここまで直接不満をぶつける部員というのも、試合前の飲み会に負けず劣らずめずらしい。カメラマンのぽかんとした表情に申し訳なさが募った走は、不満の声を遮る形で、半ば無理やり清瀬に話を振った。
「あ、あの! ハイジさんは最初から、このメンバーなら絶対に箱根を目指せるって、信じてましたよね。どうして、あんなふうに確信を持てたんですか?」
先日、大家となまえで交わしたものにも一部重なる議題だった。田崎が清瀬に視線をやると、彼は「ん?」と、走を見やる。一年生エースから主将へのパスに、今度こそ感動的なシーンにありつけるのでは、と素早くカメラが構えられる。
清瀬はグラスを揺らして、穏やかに微笑んだ。
「そんなの決まっているだろう──酒に強いから」
「……はい?」
場に、から風が吹いた気がする。
「長距離の選手にはいくらでも飲めるって体質のひとが多いんだ。内臓の代謝がいいのかな。ほら、きみたちもザルを通り越してワクだろ? 竹青荘に入居してからずっと住人たちの飲みっぷりを観察していて、これはいける、と思ったわけだ」
「酒呑みなんて、世の中にいくらでもいますよ⁈」
神童の顔に「頼むから冗談と訂正してくれ」と書いてある。
「そんな理由で俺たちを巻き込んだのかお前は……」
ユキの声は諦めと呆れをぴったり半分ずつ混ぜ合わせたものだった。
「本当に酒を飲む量だけを根拠にここまで来たんですか? それって、泥の上に気力だけで高層ビルを建てたようなものですよ……」
「俺たちまだ呑めないけど、ハイジさんはどうやって判断したっていうの?」
「さあ、寝てる間にパッチテストでもやったんじゃね」
やれやれと肩を落とす王子に、能天気な双子が続く。
「それだけじゃないよ、もちろん」
清瀬が拳を握りしめて立ち上がる。やたらと大袈裟な身振りに反して、呂律が怪しい。
「きみたちの眠っている才能の輝きに、俺は気づいてしまったんだ」
「……酔ってるんですね、ハイジさん」
完全にタイミングと振り先を間違えた走は、首をすくめるようにして囁いた。ユキが走の背中を気持ち優しく叩く。慰めだ。
「あーあ、なんか景気のいい話はないのかよ」
報われなかった後輩の努力に免じて、キングが仕切り直しを図る。
「そういえば、二人はハナちゃんとどうなりましたか」
話し足りなそうな清瀬が何か言い出す前に、素早くムサが双子へ話を振った。信頼の神童を含めて酒の入った今、確実に頼れるのは素面の一年生三人のみだ。まだまともな回答をしてくれるに違いない。
万が一この会話が放送で使われる場合は、葉菜子の名前に規制音を入れてもらう必要こそあるが、背に腹は変えられなかった。
「ハナちゃん?」
「どうなったって? 仲いいよ?」
双子は顔を見合わせて、笑顔をつくった。
そうじゃないだろう。わかってない。こいつらやっぱり全然わかってない。田崎を含め、その場の全員が脱力する。
竹青荘で葉菜子が夕飯を食べたり、本練習の手伝いをしてくれるとき、毎度双子に家まで送らせているのだが。この調子だとその意図にも気がついていないだろう。一番最初に葉菜子の乙女心を察していたムサは、自分のことではないにも関わらず心の底から残念そうだった。
「そういやあ、お前ら彼女はいねえのか」
ジョータ、ジョージ相手では会話が広がらないと判断したニコチャンが、話題を置き直した。一本のスルメをちびちび齧りながら、「いるなら明後日、応援に来てもらわねえといけねえからな」理由を付け足す。
竹青荘で、全体への投げかけとしてこの手のテーマが出るのはめずらしかった。
アパートの壁は薄い。隣の部屋めかけた電話が、相手の声まで聞き取れるほどに。共同の部屋も多く、生活空間自体が近い。そんな環境だからこそ、互いのプライベートの担保に気を遣っているのだ。自分から宣言せずとも、彼女ができれば雰囲気や生活リズムの変化でなんとなく察せるというのも大きい。
ただ、ここ半年は練習に追われ、住人たちのそれぞれの恋愛事情を全く把握できていなかった。
双子は「募集中!」と元気に返事をする。ならば応募の存在に気がついて欲しいところだが、この際二人は仕方ない。
キングは黙って背中を丸めている。聞くな、ということだろう。
「そういうアンタはどうなんですか」
「俺は今、そんな体力が残ってない」
にやけたユキへ、面倒そうに苦笑いする。
「私はダメですねえ。なかなか、故郷まで来てくれるという方はいません」
「結婚前提はさすがに飛躍しすぎじゃない? 走は?」
「俺はもてないですから」耳まで赤らめて、走は首を振る。
「そんなふうには見えませんけどねえ」
「わしには聞かんのか」
「なんで大家さんも混ざってくるわけ? 一応既婚者じゃん」
「十年前に死別しとる」
「……いや、ツッコミずれえわ」キングが頭をかいた。
「ええっと、あの、王子さんはどうなんです?」
「僕は二次元の女の子にしか興味ないから」
そっけなく告げた王子が、ちらりと、まだ質問に答えていない清瀬へ視線をやる。
「それより、昔のハイジさんの噂をいまだに文学部で聞くけど? このひと、こう見えて色々……イテッ」
王子の台詞がそれ以上続くことはなかった。清瀬が弾き飛ばした落花生が、見事に眉間へ激突したのだ。竹青荘の実力者をそれ以上追求しようという勇気のあるものは、カメラクルー含めて現れなかった。
清瀬はうっすらと笑みを浮かべ、「ユキはどうなんだ?」と矛先を変える。
「将来性があって、性格がよくて、見た目も悪くない。引く手数多に決まっているだろう」
将来の弁護士が憮然と答えた瞬間、タイミングよく当人の携帯が光った。着信元を一瞥して電源を落とそうとする彼に、「気にせず出ていいぞ」清瀬が声をかける。
「なんだ、女か? いい気なもんだな」
ニコチャンがからかえば、バツが悪そうに笑ったユキはそそくさと部屋を後にした。ユキの携帯がこのごろよく鳴っていることに、住人たちは気がついていた。
一人退席した部屋では、彼女関連の話題に勝手にダメージを受け、やけ酒することにしたらしいキングが空のどんぶりを覗き込んでいる。いつの間にか氷がなくなっていたらしい。走が「俺行ってきます」と、それを受け取り、先輩を追う形で階段を下りていった。リズムよく、鶯張りの軋み音が遠ざかる。
気持ちよく酔いが回ってうとうとしてきた田崎は、前触れなく突然、喉付近で鉄の味が襲ってきたことに気がついた。驚くよりも先に大きく咳き込むと、テーブルの上に赤黒い液体が散る。
一拍置いて、室内に大きな悲鳴が響き渡った。

救急車で病院へ担ぎ込まれた田崎は、医者から一週間の入院を申しつけられた。
生憎、娘夫婦は遠方に住んでおり、呼び出すにしても到着は明日以降になる。竹青荘からの道のりは清瀬が同伴した。
診察後無理やり寝かされたベッドからは、椅子に腰掛けて俯く、清瀬の疲れの滲んだ表情がよく見える。しかし眠気はなかなかやってこないもので、田崎は居心地の悪さを薄目で誤魔化していた。この年にもなれば、狸寝入りはお手の物である。清瀬も監督が眠ったと思い込んでいるようだった。
その後、日付が変わったあたりで、大きなトートバックを抱えたなまえがやってきた。救急車の中で、清瀬が彼女へ連絡を取っていたのを聞いた。慌てて駆けつけたらしく、やや息が乱れている。
彼女は、脚力声を抑えつつ「容体はどう?」と青年へ尋ねた。その声には、田崎と清瀬二人への心配が宿っていた。
「……胃潰瘍。極度の緊張からくるストレスが原因だと」
「ストレス⁉︎ 飲み過ぎじゃなくて?」
「原因については、俺も大いに疑問ではあるんですが……。大家さんは大家さんなりに、俺たちを心配してくれていたということでしょう」
清瀬はこめかみを揉んだ。
「そういうわけで、明後日……もう明日か。明日の予選会は、監督不在で挑むことになりました」
「……わかった。とりあえず、この後はわたしに任せて。清瀬君はアパートに戻って休んで」
呆気に取られながらも、なまえはバックから手際よく下着やタオル、大家の読みかけの文庫本、メガネなどの日用品が並べていく。
「明日ちゃんとご家族とも話して、温度感も含めて引き継ぐようにするから。お医者さんからの説明だと、どうしても不安になりすぎちゃうことあるじゃない? あ、あと、テレビ局のスタッフさんには杉山君からお詫びしたって。清瀬君は気にしなくて大丈夫」
田崎の家に寄るついでに竹青荘で当時の状況も聞いてきたらしい。彼女は、起きた出来事の流れだけではなく、清瀬が病院へ向かった後の住人たちについてもおおよそを把握している様子だ。
「助かります。すみません……何から何まで。先輩も忙しいのに」
「いえいえ。明日がゼミじゃなくてよかったよ」
「監督のこと、お願いします」
「もちろん。任されました」
「あと……忘れないうちにもうひとつお願いが。これは俺もちょっと言いづらいんですが」
「何? めずらしいねえ。わたしにできることなら何でもどうぞ」
なまえが手を動かしながら相槌を打つ。清瀬はほんの少し躊躇って、渋々それを述べた。
「密着取材、放映は見ないでおいてもらえますか」
「……なぜ?」
田崎の頭の中に、空を舞う落花生が浮かんだ。