unmeasured 推し量る距離

人手が足りない。
クロム君が見つけた採鉱場所から、船乗り場までの経路を思い浮かべ、私は頭を抱えた。
悩みの種はおよそ十日前へ遡る。千空君が洞窟内にトロッコを整備すると切り出した時だ。クロム君の発見にただ感嘆していた私は、その宣言を一呼吸おいて理解し、「……線路を引くってこと?」と、恐る恐る聞き直した。
返ってきたのはシニカルな微笑み。
「なまえ先生の出番ってわけだ」
「路線測量かあ……」
できなくはない。むしろ測量士補の試験で該当の問題が出てきた際は、サービスとばかりに正当したものだ。
ただ、あらかじめ数字の与えられた図面と、何もかもが未知である現場は、根本的に別物である。
ほんの少し計算をミスするだけで、測量をもとにした設計が狂う。無茶な線路を走る車体には規定以上の負荷がかかり、下手をすれば脱線事故を起こして加速しながら前方へ吹っ飛ぶだろう。人が乗っていれば大怪我じゃ済まない。
「設計自体は俺らも手伝う。ただ、そもそもの叩き台がないとどうにもならねえ」
その一言に少しだけ胸を撫で下ろす。いくら密接とはいえ、測量と設計を丸々混同されると困ってしまうのだ。
建築士と測量士、どちらも取得していればある程度一貫して対応できるものの、資格上測量士見習いの立場である私には荷が重い。
帝国時代の住居整備も聞き齧りの知識で繕った身としては、是非とも千空君の力を借りたいところだ。
そこで、ふともう一つの重要事項を思い出す。
「……鉄鉱石の採掘もだよね? イメージとしては規模の小さい露天掘り?」
「ああ。掘削機はこっちでなんとかする」
石化前、陸を走る走行車の中で世界最大を記録したバケットホイール機が頭に浮かぶ。私も資料でしか見たことがない。確か、全高だけでも百メートル近かった気がする。
「あれ、作れるんだ……」
「あー、多分テメーが今考えてるサイズよりもかなりミニマムだけどな」
簡単に言ってはくれるものの、今走行車がポンポン出てくる方が本来おかしい。工業の材料を集めるために工業をしているような若干の矛盾を感じつつ、無理やり、なるほど、と相槌を打てば千空君がやや眉尻を下げた。この表情には見覚えがある。杠ちゃんに、気球の布作りを一任した時と同じ、信頼七割、申し訳なさ三割が混ざった複雑な顔だ。
「トロッコと同時並行になっちまうんだが、どうにもテメー以外には適役がいねえ。……地盤調査、頼めるか?」
「じ、地盤!」
旧現代、所属研究室が一部テーマで資源関連も扱っていたことから、学会帰りに荒金鉱山を見学したことがある。詳細は異なるものの、洞窟内採鉱という広義の意味では同じ、と言えるかもしれない。
とはいえ、とはいえだ。一学生がボーリングや線路設計の指揮をとった経験なんて、当然あるわけない。
一方、ここで私が首を横に振った時、役割の行き先がないというのも分かる。この仕事に関しては現状私がどん詰まりだ。
「……段取りはもう一回整理させてね」
改めて周囲へ目をやった私は、若干の保険をかけつつ腹を括った。

とにかく正確性と安全性を最優先にしなくてはならない。定期的に古き時代の坑内掘り生き埋め事故が脳裏をよぎる。その度に記憶の各所から知識を引っ張り出して、現場と睨めっこを繰り返す。
露天掘りは、要するに地表から順々に掘り進めていく手法のことだ。労力はかかるものの他案に比べると作業はシンプルで、安全面を考えてもおそらく現状の最善だろう。穴の側面に沿って階段やスロープを作成することで、人力でドリルのように掘り進めていく。
適当な箇所へストロー形状の金属を差し込んでは、お目当ての鉄鉱石が見込めつつ、掘り進めても足元が安定しそうな場所を探す。
地質については大学二年生の多学科聴講で聞いた程度しか知識がない。石神村住人の経験則からなる知見、千空君の頭の中にある百科事典を駆使してとにかく考える。硬いだけじゃだめなのだ。足場が脆ければ成立しない。
本職の方はもっと効率よく対応するんじゃないか。そんな当たり前に打ちのめされつつ、地盤調査と並行して、線路作成のため中心杭の設置にも奔走する。
先日まで油田を探しながら活動区域の地図作成を行っていた。測量は採掘計画と比べれば手慣れた作業だ。
けれど、現代のように機械を使って半自動的に数値が出せるわけもなく、各所で複数回の試行が必要になる。また、小さなミスも許されないことから、技術的な意味で現場には立ち会わなければならない。
過去にその足で日本地図を作成した猛者、伊能敬忠先生に想いを馳せる日々。贅沢は望んでいられない、のだけれど。
ここで前段に立ち返る。もう少し人手が欲しい。

***

キャンプ地で最新の洞窟内図面と格闘していると、きゅう、お腹が鳴った。そういえば今朝にフランソワさんの焼いたパンを齧ったきり、夜まで何も口にしていない。とっくに夕食の時間は過ぎてしまったはずだ。
作業員が入れ替わり立ち替わりだった時間を思い出し、私も戻っていればと歯噛みする。
整備されていない天然の洞窟は、足場の高低が非常に厄介だ。特に今日は、水準測量にやたらと手間取ってしまい、なかなか目を離すことができなかった。
前方へ人影が見えないのをいいことに作業机へ突っ伏す。空腹を意識した途端、それまで作業に向いていた頭のリソースが何割か胃に持っていかれてしまう。これはしばしの休憩が必要だ。
石の世界では、大勢の分を一度に調理するのが常で、個々のわがままはあまり推奨されない。明日まで何とか凌げば朝食が待っている。
七海財閥の御曹司が同じキャンプ地に滞在しているのはラッキーだ。彼の執事が作る料理は、旧現代と比べても遜色なく美味しい。
目を閉じると、今食べたいものが頭の中をぐるぐると回り、サンバを踊りだす。
お寿司、わかめと豆腐の家庭味噌汁、ポテトサラダ、佃煮、チキンソテー、グラタン、シナモンドーナツ、アボカドサンド。その中でも特に。
「カレーが食べたい……」
「さっき僕も同じこと思ったよ」
なんの気無しの呟きへまさかの返事。反射で体を起こすと、科学王国の良心がテーブルを挟んでくすくすと笑っていた。
「フランソワから。功労者の食事を忘れるわけがない、ってさ」
ありがたい台詞とともに運ばれてきたのは、綺麗に配膳された夜食だった。
香り的に、メインは魚のトマト煮。バジルのような色合いのソースがアクセントとなり、彩りも豊かだ。手が込んでいる。
添えられているのは平べったいパン。薄い皮に焦げ目がついて、白い部分はいかにももっちりとこちらを誘惑してくる。これは、まさか。
「もしかしてナン⁈」
羽京君が微笑んだまま頷く。
「出来立てを食べて欲しい、って。まだ温かいはずだよ」
空きっ腹に染みるとはまさにこのことだ。私はややあと敬うように器を頂戴し、熱を持った食事を手をつけた。

「最近、大変じゃない?」
絶品料理を平らげ、洗い場へ食器を運ぼうとしたところで羽京君が告げた。
「……うーん、違うって言ったら嘘になるかも」
「あはは、素直。求められてるものと自分の力にギャップがあると辛いの分かるよ」
目の前の彼が少しだけ遠くを見つめる目をする。
「弓道の話?」
「あー……、うん。経験があるって言っても学生時代の部活だからね。未だに弓を引く時は期待に応えられるか緊張してる」
「羽京君に任せれば大丈夫、って皆思っちゃってるからね……。私もその一人だ」
「それを言うなら、僕達もなまえがやってくれるなら大丈夫、って思ってるよ」
おあいこ、と弓使いは穏やかに微笑む。その安定感に釣られ、私も自然に笑ってしまう。
「ありがと」
お礼の言葉と被せて、きゅう。再度お腹が鳴った。咄嗟に下腹部を抱えるも、時すでに遅し。
「……ごめん。足りなかった?」
「……ごめん。実は結構食べる方で」
「隠さなくても良いのに」
「でも、羽京君より……いや、マグマ君より食べられるって言ったら、さすがに引くよね?」
声を潜めた私の言葉に、目の前の彼は一拍置いて吹き出した。それまでのしんみりした空気もあり、悩みの温度差がツボにハマったようで一向におさまらない。
日々の食事が確約されていない新現代、一人あたりの栄養源はセンシティブな問題なのではと、一年近く空腹と二人三脚してきた。ここまであっさり笑い飛ばされてしまうと、シンプルに恥ずかしい。レーダーによって漁が円滑にできるようになったことも大きいのだろうけど。
頰の熱さがバレないよう俯いたままでいると、ようやく呼吸を整えた羽京君が再度切り出す。
「明日から人手に加えて、ご飯の盛り付けも増やさなきゃ。キャンプ地のメンバーも増えるタイミングだし、ちょうど良かったね」
「……メンバー?」
「聞いてない? 明日には石神村から何人かヘルプが来るよ」
なまえの負担が大きいから、って龍水が。
頭の中に浮かんだ船長が、青いヒビの入った右手で、見事なフィンガースナップを決めた。