絶好調の彼氏を画面越しに見つめ、私は唇を噛み締めた。
本日の成績、一打席目からレフト前にヒットを飛ばし、三打席目ではセンターへの本塁打。そして、九回表の四打席目もフルカウント。現在、ファールで粘っている。先日の試合で見せていた連続凡退や厳しい当たりはどこへやら。打順が回ってくるごとにスイングの精度を上げている。
打撃に限らず、守備でも制球が定まらないピッチャーへ辛抱強く声をかけ、要所を占める強気なリード。シーズンの盗塁阻止率トップを誇る捕手として、自身の役割をきっちりと果たしプライドを見せつける。
なぜ今日に限って、こんなにも好調子なのか。実況席のアナウンサーが「抜群の存在感です」と名前を挙げて褒める度に、嬉しいような、悔しいような、なんとも微妙な気持ちにくすぐられる。
嗚呼、また打った! ライト線ギリギリへ打球が飛んでいく。余裕で一塁を蹴り、送球が乱れている間に二塁へ滑り込む。三塁にいた選手もあっという間にホームへ帰還し、結果的にその得点が勝敗を分ける形となった。
私はリビングのローテーブルに重なった紙束へ目をやり、ずるずるとソファーへ沈んだ。これはさすがに完敗だ。
「攻守に渡り、大活躍でしたね!」
ヒーローインタビューに登壇した御幸へ、スタンドから惜しみない拍手と歓声が飛んだ。
「少しでも投手を楽にできればと、それだけに集中していました。結果がついてきてホッとしています。ですが、試合終了まで気は抜けなかったですね」
普段の試合ではこの場所にすら来たがらないくせして、やけに饒舌な語り口じゃないか。御幸の機嫌の良さは報道陣にも理解できたらしく、これ幸いと矢継ぎ早に質問が飛び交いだす。
「同球団の柴田選手からお伺いしたのですが、本日は午前の練習から絶好調とのことでした。結果には、何か心理的な要因もあったのでしょうか」
「そうですね……実は昨日とある約束をしまして」
十数分前まで球を追っていた鋭い視線は見る影もなく、完全に緩んだ口角で御幸はおもむろに吐き出した。
「……はあ、約束ですか」
投げかけたアナウンサーも予想外の返答だったらしく、ワンテンポ遅れて言葉を返す。
「具体的な内容はプライベートにも関わるので差し控えますが、俺は約束守ったぞ、お前も守れよって伝えたくて。頑張りましたね。あ、もちろん賭けではないですから。そちらの方面はご心配なく」
ご丁寧にメッセージ部分をカメラ目線で寄越した男へ無性に腹が立ち、ブツッとテレビの電源を落として、ぬるくなったお茶をすする。
御幸が語った「約束」というのは、「次の試合で二安打以上の成績を出せば、シーズンオフの旅行先は御幸が決める、未満であれば私が指定する」という取り決めのことだ。御幸の方が金銭的な余裕はあるものの、そういった点で頼りっぱなしになりたくないという私の希望もあり、旅行代は完全折半ということになっている。そのため、行先を決める権利も同等に有しており、毎回この争いは長引くのだ。
約束な、と出て行った今朝の得意げな顔を思い出すとムシャクシャする。私は、沖縄に行きたかった!
けれどいくら文句を垂れても、御幸が結果を出した以上、これ以降は全て私のわがままになってしまう。結果を出すこと自体は、彼女としても喜ばしいことだ。気持ちを落ち着け、ようやく観念した私は、草津温泉の旅館にマッキーでデカデカと丸をつけた。
***
後日、週刊誌に「御幸選手は近々結婚を控えている可能性がある。先日の発言はプロポーズを示唆していたのでは」という憶測記事が載り、思わず声を出して笑ってしまった。
御幸本人は広報からこっぴどく注意を受けたらしく、少し凹んでいた。まったく、不用意な発言をするからです!