ダイヤプラス 不憫な先輩

え、俺は選んでないけど。
目の前の男が、薬指で鈍く輝く輪を見ながらそんな台詞を吐いたので、危うく口に含んでいた飲料を吹き出しそうになった。
高校時代から同じ釜の飯を食べ続けて三年、卒業後そのままプロに進んだ先輩と、大学へ進学して野球に取り組んでいた俺とで多少ブランクは空いてしまったものの、まさかドラフト指名先で再会するとは夢にも思わなかった。
一年目のルーキーとして奮闘する俺の近くで、勝負の五年目を上々の成績で締めた先輩は、以降も粘り強い活躍を見せ、白頭やらと並び同年代で頭一つとびぬけた存在だ。
俺からすれば腹の立つすまし顔も、世間の女性から見ればクールでかっこ良く見えるらしい。バラエティーなどのメディア露出が少ない点も硬派だとかなんとか話題を呼び、週刊誌の見出しに名前が出れば、いわゆる「みゆ女」がピリピリしだす。
騙されないでくださいよ! この男、テレビ番組に出ても気の利いたコメントが出てこないから、イメージ戦略として広報からストップかけられてるだけなんですよ!
その証拠に、球団から定期的に更新するよう申し付けられているSNSは「チャーハン」とか「今日は肉じゃが」とか、完全に献立記録と化している。ひどい時は作ったものの写真だけあげて、料理名すらない。何を見せられているのか。一度俺が突っ込んだ時は、だってつぶやくネタがねえんだもん……とぼやいていた。「もん」じゃねえ。
そんな中、前触れもなく突然「結婚するわ」と告げたものだからすごい。俺を含めたチームメイト数人は彼女の存在を知っていたけれど、そもそも自分のことをあまり話したがらない人だ。その宣言は大いに波紋を呼び、しばらくは球団の事務方が嵐のような対応に追われていた。
アンタのことですよ! 御幸一也!

――とまあ、経緯はさておき話は冒頭に戻る。
御幸の結婚報道が落ち着いて数か月が経過した。侍ジャパンの一員として国際大会を控えている今日のイケ捕は、軽いドリルに取り組んでから入念にストレッチを繰り返している。その後は、のん気にオフィシャルショップのレプリカユニフォームに袖を通して「意外とよくできてんな」とかうなったりもしている。
ノースローデーのため体力を持て余している俺も、手持無沙汰を解消するため横で柔軟体操を行う。確認しておきたいコースや球種は山ほどあるが、休むことも仕事だと諭されてから休息日は守るようにしているのだ。いや、投げたい気持ちは変わりないんだけど。十球、五球でもいいから捕ってくれねえかな。ぐぬぬ、と先輩を見やるが素知らぬ涼しい表情でスルー。頑固な男だ。
視線と肩を落とし、もう少しストレッチをしたら上がるか、と考えたところで俺はようやく、朝からの違和感の正体に気が付いた。
「指輪!」
普段の練習では見かけないものが、左手に光っている。
「……あ、これね」
そっけない声質のわりに、答える顔は心なしか嬉しそうだ。
「今日は球触らねえ日だからさ」
「そりゃあ、傷ついたらシャレになりませんからね」
「そ。まあ、そんなに高いものじゃねえらしいけど、こういうのって値段じゃなくて気持ちだしな」
たまには良いこと言いますね、と返そうとしてふと思い当たる、
「高いものじゃないらしい、ってアンタが買ったんでしょうが」
言い切ってからスポーツドリンクを口に含む。そして、数秒後にこのタイミングで飲み物を手にしたことを後悔した。
「……え、俺は選んでないけど」
盛大にむせる俺、汚ねえな! と眉を顰める御幸。おい、現行犯! ふざけんな! 呼吸を整え、言葉尻に噛みつく。
「プロポーズはどうしたんですか! 指輪渡して! はい、結婚してください! これ常識ですよ!」
「いいだろ別に」
「良くないです! アンタ御幸一也ですよ! 年俸は、えーっと……忘れましたけど! 球界を背負って立つ色男なんですからもっとシャキッとしろ!」
心底めんどくさそうな顔をしていた先輩だが、とにかく事情を説明してくださいよ、と俺にガミガミ言われ続ける方がめんどくさいと判断したらしい。
「……失敗っつーか、間違えたの。普通に、うっかり」
プロポーズに「間違える」という単語が使われるとは、一体どういう状況だ。俺が聴取に本腰を入れるためその場に座り直すと、「マジ言うんじゃなかったわ」と耳を赤く染めながら目の前の男は長いため息を吐き出した。

***

着信音が鳴り止まないので、思い切って電源を落とす。その理由も、電話の相手も分かっているからこそ、全く出る気にならない。
もっち先輩のアドバイスとツテを借りて、必要箇所からの許可は事前に取った。計画を練っている時の極悪人面、俺は一生忘れないと思う。しかし、それらの裏にあるのは所帯を持った訳だし今後は少しずつ親しみやすいキャラクター目指していこう、という優しい配慮に他ならない。
わはは! 気遣いのできる後輩と同輩がいて幸せ者ですね!
俺の球団公式SNSにあがった新規投稿は、破竹の勢いで絶賛拡散中だ。

『結婚おめでとうございやーす! この性悪メガネを引き取ってくださった奥さんに大感謝祭ですね! さてさて不肖沢村、この度は当球団が誇るイケメン捕手、御幸一也のプロポーズについて馴れ初めをがっつりと聞いて参りました。
ということで、以下は本人の語り口調を記憶を頼りに真似しております! どうぞ!

夕飯を一緒に食っててさ。二人でゆっくりするのめちゃくちゃ久々だったんだよ。んで、幸せだなって思ってたらその時にぽろっと言っちゃった訳。結婚するか、って。向こうも驚いてたけど、絶対に俺の方がびっくりしてたわ。あー、最悪。マジかっこ悪いじゃん。本当はバラの花束持っていくとか、ディナークルーズとか、そういう一生の思い出になるようなことがしたかったよ。これ絶対に言うなよ。

次の日から遠征で長期間帰らない御幸先輩に呆れて、指輪は奥様が選んでくださったそうですよ! センスが良いの奥様のおかげなんですね!

こんな感じで、普段はスカして見せてますけど、本当はダメなところもたくさんある男なんです! これからはカッコいいだけではなく、お茶目な御幸一也もよろしくお願いしますよ!

以上、週刊沢村でした!

※球団関係者の皆様、御幸先輩の奥様、この度は公開許可ありがとうございました!』