1 to 2 お互い様と言うことで

「……正直、私はすっごくしたい」
アルコールが入ったせいだろうか。酒に弱い印象はなかったし、むしろ俺より強いのではとすら思っていたが、肩にかけられた吐息がほんのりと熱い気がした。
正面から薄い浴衣越しに体を預けられ、腹筋のあたりで質量のある胸が潰れた感触。頭が俺の肩に押し付けられたせいで表情は伺えかった。けれど、告げられた言葉や赤く染まった耳から、主語を察せないほど鈍くはない。
口に出して返事をするのは億劫だったから、顎をすくって唇を重ねる。まぶたを閉じる直前に、前合わせの隙間から鎖骨が覗いているのが見えた。
普段は片側に流して結っている髪の毛が下されているため、顔の角度を変えるたびに頬へぶつかる。薄目を開けてそっと耳にかけてやるとむず痒そうに身をよじった。逃げるなよ、という意味を込めて細い腰に手を回す。合わせた口の隙間から、んっと鼻にかかった声が飛び出し、微かに口角を上げた。
申し訳程度に俺の二の腕に添えられていた指が、背中に回される。その合図を受けて、下唇の微かなしわをのばすようになぞり、じっくりとふやかしていく。漏れる呼吸音を楽しみながらしばらく続ければ、じれったくなったのか突然俺の舌をつかまえて強引に吸い上げてくるが、丁寧に押しのけてまた再開。早く舌同士をからめたくて仕方ないんだろう。正面からむっとした気配がして、あまりの分かりやすさに吹き出しかける。好きだもんな、それ。まあ、もう少し待てって。
わざとらしく水音を立て、帯紐の上から手を滑り込ませると、その瞬間、隣の部屋から何かがぶつかったような大きな音がした。咄嗟に口づけを中断。
「……聞こえたかな」
気まずそうに仕切りの壁を見つめ、俺に視線を送ってくる。本人は無自覚だろうが、濡れた唇に指を這わせながら、ずれた眼鏡を直す一連の流れに俺は心の中で白旗を上げた。
「……まあ、いいだろ。どうせ鳴だし」
俺もここでお預けはしんどいし。旅行先で、夜に一人手洗いへ駆け込む虚しさといったらない。
依然、隣を気にする彼女の胸元に腕を突っ込むと「こら! おい!」と、色気のない声があがった。同時に向こうの部屋から悲鳴と激しい物音。心なしか床も揺れる。
……いやいや、さすがに過激すぎねえ?都のプリンス宿泊先で暴行、という記事タイトルと、一抹の不安が脳裏をよぎる。笑ねええぞ。
思わず息を止めて耳を澄ませば「着衣一択!」という鳴の宣言と、衣擦れが聞こえてきた。あー、これはほんの少しでも心配した俺がバカだったな。向こうの状況が何となく分かって脱力したが、腕の中の彼女はそうでもなかったようで、いそいそと膝立ちになり壁際まで行ってしまった。
「最悪の最悪で、DVの可能性はあったりする?」
ねえよ。多分だけど、向こうも今頃俺達と同じことしてるよ。
そんなことよりも、無理やり抜け出たせいで、帯紐が半分ほどけた上に、浴衣の合わせ部分が乱れに乱れまくったお前の格好の方が気になるわ。
壁に耳を寄せて眉を潜める後ろ姿に近づき、改めて抱きしめる。肩越しに覗き込むと、着痩せする胸の谷間やら、白い肌やらが鮮明に見えた。
「そんなに気になるならここでヤる? 俺達も聞かせてやろうぜ」
たっぷり息を含ませて、甘く低く囁けば、レンズの端から俺を映した瞳が、ふるりと揺れる。あ、その顔めっちゃいい。

***

吸い付いてくる肉の感覚を味わいながら、浅い部分にゆっくりと腰を進めては引き抜いてを繰り返す。ここ、好きだろと挿入の角度を変え、中をコツコツと優しくノックすれば、火照った表情のまま頷いた。
前戯にこれでもかと時間をかけ、指と口で存分に甘かしたこともあり、すでに体はとろとろだ。もちろん俺も文字通り急所を握られ、それはそれは丁寧にやり返されたので、「二人揃って」が正しいかな。最初の方は必死で殺していた彼女の声も、今はそんなに抑えられていない。
真面目な話、隣から漏れてくる音がデカすぎてこちらが気を使う意味はほぼなかった。絶対聞こえてねえよ。喘ぎや肌のぶつかる音がひっきりなしにして、AVか?と突っ込んだくらいだ。ただ、濃厚で激しいセックスをお届けしてくれたわりに、意外にも早い段階で向こうの人気がなくなったから、疲れて寝たのかもしれない。あれだけ盛って、相手の下半身が明日も持つのか非常に心配なところだ。
「ね、もう少し上の、お腹側のところが……あ、そこ。……私、それ好き」
目を細めて、ちょっとかすれた声でおねだり。この快感に貪欲なところ、めちゃくちゃ可愛い。
普段は主導権を握りたがる彼女の希望で騎乗位から始め、次に俺が主導になれるバック、休憩も兼ねつつ側位、と進めていくことが多いが、今日は普段と違う環境や浴衣の効果もあって、オーソドックスな正常位から事を起こした。その後、対面で座位、太腿を絡めて側位、寝バックを経て、俺の肩に足をかけさせた正常位に戻ったところだ。体位を変えていくにつれ、中が俺の形を覚え、声色や喘ぎまで甘くなるのが堪らない。
鳴達と比べると大人しめだが、その分じっくりと長く、気持ち良く。とはいえ、やっぱり激しくなくはないはずなんだけど。明らかに隣を基準にするのがおかしすぎる。
俺自身もよくなるように、中をかき回しつつ腰を進めると、汗で湿った敷布団を細い腕がぎゅっと握り込んだ。ぴくぴくと背中が浮き、口元を逆側の手が覆う。その様子に、前屈みになって「……ダメ?」と尋ねれば「なんで、やめないで」と眉根を寄せた。
顔が近づき、どちらともなく唇を合わせる。もらった言葉の通り、下生えが触れ合うほど押しつけて奥を刺激すると、舌がびくんと跳ねた。悪戯心で片耳を塞ぐと、頭の中で口腔内の音が反響するようで盛大に身悶えてくれる。
壁の向こうからも甘い声色が聞こえ始めた。起こしちゃった?悪いな。
俺はとろけきった唇を甘噛みしながら、心の中で鳴と二回戦目に付き合わされる彼女に手を合わせた。

***

「もっと優しくしてやれば?」
明らかに前の晩で足腰をやられた様子を見ながら、俺は隣でもくもくと白ご飯を咀嚼する鳴に声をかけた。
「そういうお前の彼女は何なの? ゴリラなの?」
甲斐甲斐しく横の介護をしつつ、元気に納豆をかき混ぜている姿を視線で示してくる。昨日の夜の面影は一切なく、いつも通り「外向けしっかり者」スタイルだ。お前らと違って、俺達は普段より少ないくらいなんだよ、余裕あんのと思いつつも、散々な言われように笑ってしまう。仏頂面の鳴は「つーかギャップ!お前、完全にやられてやんの」と続けた。
「はっはっはっ、聞こえてた?」
「長えし、うるせえし!」
「お前らの方がうるせえよ、地震かと思ったわ」
最後の一言が完全にブーメランだったので指摘しておく。ついでに「ベタ惚れじゃん」って付け足すと、むすっとしながら「お前もな」と返された。
それに関してはお互い様だろ。